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順調なる監禁生活、その二日目
人間はどんな劣悪な環境にも生きるために慣れると言うが、日を重ねるごとに待遇が変わっていく私は慣れるどころではない。
一日目、能力発動が期待される元廃棄処分者。
二日目、無能者決定の、つまり、廃棄処分ルートも決定?
私はビクビクしながら目を覚ました。
目を覚ましたという事は、私はちゃんと監禁部屋で熟睡できていたという事だ、恥ずかしながら。
この状況で眠れる私も大概だが、昨晩の夕飯は、監禁部屋から私は出されて、アストルフォの真向かいに座りながら彼の作ったご飯を食べるという苦行を課せられたのだ。
監禁部屋に戻った途端に緊張の糸が切れてしまったのは、仕方がない事と言えるのでは無いだろうか。
バタン、キューと、気絶するみたいにして寝てしまったっていいじゃないか。
トントン。
「早く着替えて出てきて。朝食が冷める」
くっ。
昨日のホタテのコキールは絶品だった。
ああ、朝ご飯を用意して声を掛けてくれるのが母だったら、幸せな一日であったろうに、アストルフォであるがゆえに、最後の?と料理に冠言葉をつけて脅えなければなんて。
「返事は?早く!」
「はい!すぐに参ります!」
ドアの向こうで若々しい男性の笑い声が響き、声だけは爽やかな野郎だぜ、と心の中で悪態をつきながら服を着替えた。
危険な男がいる所では、スカートを穿くべきではない。
私が選んだのは紺色のサブリナパンツに水色に花柄のチュニックだ。
チュニックについては、母がデザインが若過ぎたわと言って私にくれた、売り場からしてれっきとしたおばさん服である。
私が殺されて、この服を着た私の死体とハルトが対面したら、急にそんな考えが頭に浮かんだ。
ミュゼぇええ、とハルトが私を抱いて泣くとして、彼の腕の中の私はおばさん服姿?
私はおばさん服売り場のチュニックを脱ぎ捨てると、十代少女服売り場で買ったブラウスの方に着替え直した。
白地に桃色の細いストライプの布地だけでも可愛いのに、フレンチな丈のパフ袖に胸の下で大きなリボンを結ぶというデザインに、私が一目ぼれして買ったブラウスなのである。
これこそ生きている間にハルトに見せたかった、と悲しく思いながらドアを叩くと、全てを知っているという笑顔の男がドアを開けた。
「よしよし。可愛い。これなら殺しがいもあるってものだな」
「おばさんチュニックに着替えてきます」
「ハハハ、冗談だよ。ホラ、さっさとテーブルについて。俺はせっかく作った飯を冷ます結果となった奴には拷問したい性質なんだ」
絶対全部本気だと脅えながら、私は昨晩も座った食堂のテーブルの椅子に腰を掛け、目の前の皿がホテルの朝食みたいに素晴らしいと涙を零した。
死刑囚の飯は処刑日には豪華になるって聞くあれだ。
こんなに素晴らしい朝食皿を与えられたのは、私が今日死ぬ予定だから、そんな風にしか思えない理想的すぎる朝ご飯なのである。
「朝食は体の基本だからね。おや、俺の飯が最高過ぎると涙が出たか?料理って俺の趣味なんだよ。ナイフの使い方や火加減がとっても大事じゃないか」
「そ、そうですね。卵料理は特に火加減と言いますものね」
「この、如才無いうさぎが」
私の額にツンとアストルフォの指先が当たり、私は彼のその振る舞いにびくりと脅えながらも、その振舞いによってハルトを思い出していた。
ハルトは私の額を撫でたり突くのが好きなのだ。
ああ、キスだって必ず額にしてくれる!
「ハハ、本当だ。丸い。飛び出ていないけど、なめらかで丸く感じる可愛い額だ」
「え?」
アストルフォはニヤリと笑った。
そして、私の額を突いたばかりの自分の指にチュっと口づける。
「素晴らしき額に完敗、かな?君の恋人はエルヴァイラが化けた君を、一目で違うって見破ってしまったそうだ。凄いよ、ハルト君。いや、君の額かな」
「どういう、こと?」
「デコがちがーう。ハルト君はそう叫んだそうだ」
「おでこが」
違いが分かる男が注目したのが、私の額だとは、嬉しいような、悲しいような。
でも、私じゃ無いと見抜いてくれたのは、純粋に嬉しい、かも。
そうよ!
彼はアストルフォが仕掛けた罠に嵌らなかった、そういう事じゃ無いの!
私は心の中で沢山の鳥が羽ばたいた。
ああ、愛しているわ、ハルト!!
だから、絶対に絶対、簡単に命を危険に晒さないで!!
「金を使ったお膳立てが全部チャラ。がっかり。適当にエルヴァイラを起こして、このことを知っているライト家センダン家全部の処分。もちろん、ロランも処分で。面倒だから、一か所に集めて銃乱射もいいよね。乱射したのをロランに擦り付ければ全部終わりだ」
ところがやはりというか、見るからに喜んでいた私の目の前で、人の幸せを潰すのが信条らしき執行者が非情な事を言って見せたのである。
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