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10年と176日ぶりに地元に帰省したしがない会社員の俺。
1両しかない電車を降りて無人の改札を抜ける。
駅前は民家はあるがコンビニやスーパーは無い。
良く言えば田舎町。
悪く言えば単なる寂れた町だ。
変わってないな。
ノスタルジーなんて一切感じない町並みに小さく溜息を吐いて実家のある方向へと足を向ける。
今年は暖冬だなんて言われるが、11月の東北は十分寒い。
暖冬なんて気象予報士が適当に言った法螺話だろうと思いつつ。
コートのポケットに手を突っ込んで車通りの無い田舎道を歩いた。
「久しぶり」
10分ほど歩いた所で後ろから声を掛けられた。
周囲にはポツリポツリと民家があり、後は全部畑だ。
声は甲高い女性の声だった。
学生時代の同級生か何かだろうが、田舎を出てから10年と176日前後も経っているので誰の声だか思い出せない。
そもそもそれだけの時間が経てば声も変わっているだろうし。
無視しても良かったのだが、ここは狭いコミュニティの田舎町だ。
東京だったら無視した所で、また顔を合わせる事は殆んど無いだろうが。
田舎では少し無視をしただけでも噂話で悪評が広まるし顔を合わせる機会も多い。
その内に地元へ帰って来る事もあるだろうからと。
面倒に思いながらも声の方へと振り返ると。
「誰?」
本当に誰だ?
誰って言うか何だ?
え、これなに?
怖い怖い怖い!
え?マジで何なのこれ?
どういう状況?
俺は見間違いかと思って一度目を擦った。
あ、全然見間違えじゃなかったわ。
全然見間違えてなかったわ。
何これ。
いやいやいや、何なのこの状況!
ヤベェよ!
これは絶対にヤベェやつだ!
ふぅ。
俺は一つ大きく息を吐いて。
「逃げろー!」
もういい大人なのに全力の青春ダッシュを始めたのであった。
振り返った俺の前にいたのはでっかいカエル。
しかも道端の側溝やら田んぼやら池やらで見られるウシガエルなんてもんじゃない。
体長が俺と同じぐらいあるとんでもない化物ガエルだ。
「あ、待ってよー」
待つか馬鹿。
俺は田舎道を駆ける駆ける駆ける。
人生でこんなに本気で走った事がないってぐらいに全力で駆ける。
鼻水が垂れようが涎が飛ぼうが構わない。
とにかく今は逃げるのみ。
「もう、しょうがないなぁ」
カエルがそんな事を呟くと俺の腹の辺りに何かが巻き付いた。
綺麗なピンク色をした粘っこい何か。
これはどう見たってカエルの舌だ。
「終わった」
俺はその状況に死を覚悟して。
ついでに強めの締め付けで息が出来ずに意識を手放したのであった。
常識外れのでかい化けガエルに食われて死んだんだからイケメン転生ぐらいあっても良いよなぁ。
微睡の中でそんな感想を抱きつつ。
頬にテチテチとひんやりした何かで叩かれる感触を覚えて目を覚ました。
目の前には俺の顔を覗き込む化けガエル。
「食べるなら苦しまないように丸呑みして下さい」
「食べないよ!?て言うか丸呑みって皮膚から体を溶かされるんだから多分一番苦しいよ!?」
カエルに指摘されて、“確かに”と納得した。
うん、確かに丸呑みが一番苦しい様な気がしてきた。
「斉藤君は変わらないね。私の事覚えてない?」
「俺の記憶ではこんなでけぇカエルを助けて竜宮城まで連れて行って貰った覚えは無いんだが」
「それカメだよ!?カエルが海に入ったら死んじゃうよ!?」
いや、海を泳ぐカエルもいるにはいた筈だが。
それは今は置いておいて。
「本当に誰なの?それって滅茶苦茶リアルな着ぐるみ?」
一体彼女が、、、彼女?が誰なのか。
日本で一番美味しいスイーツよりも気になっているので核心に迫る質問をする。
「雨川佳恵って覚えてる?小学校の同級生なんだけど」
雨川、、、雨川佳恵?
雨川佳恵なら覚えている。
小学校1年から6年までずっと同じクラスだった、常時クラスで3番目に可愛かった女の子だ。
そうか、あの雨川佳恵だったのか。
それだったら納得だ。
「雨川佳恵って死んだよな?小6の3学期に事故で」
「うん、死にましたね。ダンプカーに轢かれてペシャンコになっていたそうで、、、」
葬式には行ったが棺桶が閉じられていて遺体は見れなくなっていたのを覚えている。
「最後までアマガエルみたいな子だったなって皆で話してたよ」
「それ本人に言わなくてよくない?」
雨川佳恵は名前もさることながらカエル系の顔をしていたのでアマガエルと呼ばれて男子達に揶揄われていた。
本人はゲコゲコ言って笑いのネタにしていた気もするが。
「それで何故カエルに?と言うか何故そんなにでっかく?」
当然の疑問をぶつけると。
「転生したらアマガエルだったので虫を捕まえて食べてたらこんなに大きくなっちゃった件」
「どこのラノベのタイトルかな!?」
彼女の言っている事が真実かはわからないが、あまり恐れていても仕方が無いので普通に話を聞いてみる。
すると雨川佳恵本人でなければ知り得ない情報が次から次へと出て来て信じざるを得ない状況になった。
「最初は驚かれたんだけど今では近所の人達も普通に接してくれるよ」
「田舎の適応能力高過ぎじゃね!?」
今いるのは近所の神社の境内なのだが、宮司のおっちゃんが普通に会釈しているので真実なのだろう。
それだけでも驚きの事実だが、驚いたのはそれだけではなく。
「あ、ちょっと待ってて」
そう言って雨川は口の中からベッタベタのスマホを取り出すと地面に置いて操作を始めた。
「カエルが何でスマホ持ってんだよ!?」
「えへへ。お母さんが便利だから持っておきなさいって」
何だか照れ臭そうに言ってるが見た目がでっけぇアマガエルなので小6当時の可愛さは感じない。
いや、模様のないアマガエルだから生物としては可愛い寄りだけれども。
尋常たらざるでかささえ無ければ。
「お母さんに少し帰りが遅くなるってレインしといた」
「アマガエルだけにな。アマガエルだけにレインな」
多分アマガエルジョークを言ったつもりなのだろが、見事に俺のツボの横を擦り抜けて行った。
「それにしても懐かしいね。小学校の時はこんな風に神社でいっぱい話をしたよね」
「俺はお相手の見た目が変わり過ぎてて全くノスタルジーを感じないんだけど?」
本当に、見た目がアマガエルで無ければ俺の中のノスタルジーも刺激されたのだろうが。
「覚えてる?コント番組で見た階段落ちがやってみたいって言って、あそこの階段から斉藤君が下まで落ちた事あったよね?」
「ちゃんと一段一段ゆっくりと転がって落ちたから安全だったのに滅茶苦茶怒られたぞ」
あの時は近所の大人総出で怒られた記憶がある。
「あはは!あの時は一緒にいた私達まで何で止めなかったんだって怒られたんだからね」
「それに関してはすまないと思っている」
大人は直ぐに連帯責任と言い出すのだよな。
俺も今となっては大人だけれど。
「あれもそう。どこまで服を開けさせれば走っただけで裸になれるか試したいって言い出してあられもない姿で走り出したでしょう」
「場所が校庭だったから先生に見付かって滅茶苦茶怒られたぞ」
せめて校庭じゃなければ馬鹿な子供の遊びで済んだのにな。
いや、校庭じゃなくても大人に見付かったら普通に怒られそうな気がするぞ?
「あはは!楽しかったなぁ。私カエルになってからも何度も思い出してゲコゲコ笑ってたもん」
「それまだマトモなカエルだった時代の話?」
アマガエルネタでゲコゲコ言ってたからわかりづらいのだが。
「私、実は斉藤君の事が好きだったんだよなぁ。だからカエルに転生した時はショックだったよ。ああ、私はもう斉藤君に好きだって伝えられないんだなって思って」
雨川は急にしんみりとしてそんな事を言い出した。
実を言うと雨川が俺の事を好きなんじゃないかって気付いてはいた。
俺も雨川の事は嫌いじゃなかったし。
いや、正直言って好きだった。
雨川は面白い女の子だったし、見た目も結構好きだったから。
ただ当時小学生だった俺には愛だの恋だのが理解出来ていなかったから告白しようなんて考えに至らなかっただけで。
中学か高校まで雨川が生きていたら付き合ったりしてたのかなって、今でも思う事はある。
俺が何も言えないでいると雨川は鳥居の方を向いてぴょんぴょんと跳ねて。
「斉藤君の家まで一緒に帰ろっか。おばさんの様子を見に帰って来たんでしょう?」
「ああ」
雨川と隣り合って小学生の頃、一緒に何度も歩いた帰り道を行く。
歩くと言うか、雨川はぴょんぴょん跳ねてるけれど。
何だか帰って来て初めてノスタルジーを感じている。
隣にいるのは雨川であって見た目は雨川じゃないけれど。
「そういえばさ」
「ん?」
雨川はこちらを向き、改まって何か大事な事を俺に告げようとしている。
そんな気がして俺は雨川の方に向き直った。
俺とカエルが見つめ合い。
雨川はゲコゲコ言いそうな口を開いて。
「斉藤君の下の名前って何だっけ?」
「好きだった男の名前ぐらいフルネームで覚えとけよ!」
俺が会社を辞めて地元に帰って来るのはそれから3ヶ月後の事だ。
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