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「コールディア?」
「私、先生の居場所になりたいです」
「何言ってるの?」
「居場所です。先生がどこで何をしていても、帰って来て安心できる居場所になりたいです。だから、居場所を作るのに教師になります。学校でもなんでもいいから、先生がずっと音楽に関われるように、もしここを去ることになってもずっと続けられるように…。今みたいに教授とまではいかなくても、先生が好きなことしてありのままでいられる、そんな居場所を作ります」
最後は「したい」という希望の言葉ではなかった。
「作る」という明確な意志に圧倒され、ノートヴォルトの口から言葉が出ない。
やっと絞り出したセリフは、しかしながら「馬鹿だよ」という否定の言葉だった。
「馬鹿だよ君。僕なんかに人生費やしてどうするの。教師になるならそれはそれでいい。でもそこに僕は関係ない。僕は君に居場所なんか求めない…求めちゃいけないだろう!」
珍しくノートヴォルトが声を荒らげても、コールディアの意志は変わらない。表情も変えず、ただまっすぐ彼を見つめる。
「先生は他者に勝手に運命を決められました。私も勝手に居場所を作りますが、そこを居場所にするのもしないのも先生の自由です。でも私は先生が大好きだから、絶対に来たくなるようにすっごく魅力的な場所にしちゃいます」
「そんなの…」
ノートヴォルトが頭を覆う。
枝垂れた髪の向こうには、苦悶の表情の彼がいる。
「そんなの、君がいれば…それだけで魅力的な場所に決まってるだろ…」
コールディアはにこっと笑った。
「じゃあお待ちしてます!ご利用はお早めにしていただけると私も嬉しいです!」
そう言うと、「失礼しました!」とドアノブに手を伸ばした。
そこに、「待って」と焦ったような声がかかる。
ドアの前でコールディアが振り向く。
いつの間にかノートヴォルトがすぐ後ろに立っていた。
「その、君の想いは嬉しいけど…僕には応えることができなくて…」
「それはわかってますよ。いいんです、それでも」
「違うんだ、聞いてくれ。応えることができないと、そう、思って…」
いつも淡々と話す彼にしては珍しい歯切れの悪さだが、コールディアは黙って続きを待った。
「今も応えられないと思うのは同じなんだ。同じなんだけど、同じじゃない…。僕に時間をくれないか。君に向かい合う前に、僕は自分にすら向かい合ってない。時間を…君についてもう少し考えさせてくれ…君に応えられると思えるようになるまで、もう少しだけ」
コールディアが、ぎゅっと飛び込むようにしてノートヴォルトの首に抱き着いた。
彼女の柔らかな体と、どこで覚えたのかほんのり香水の香りを感じた。
春休み前はそんな香りはなかったのに、甘すぎないすっきりとした何かの香りは、思わずもう1度確認したくて彼女に顔を埋めてそのまま吸い込んでしまった。
首筋から感じる、彼女の体と、何かの香水の香り。
喧嘩することなく、調和が取れてハーモニーを奏でているようだった。
ノートヴォルトの方でも抱きしめる腕に力を込めれば、彼女はさらに頬を摺り寄せて来た。
自分のどこにそんな心があったのかはわからないけど、腕の中のコールディアにはっきりと愛しいと思える気持ちが湧きたち、初めてピアノに夢中になった時と同じような純粋で心躍る感動が広がった。
「先生、大好き…大好きです」
「コールディア、僕はまだきちんと言えないけど…でも嬉しいよ」
コールディアは、その後ノートヴォルトが初めて許可を求めずにしてきた深い口づけが、嬉しくて、愛しくて、幸せでたまらなかった。
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