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キーンッ
結界の割れる音に近いものがして、はっと顔を上げる。
すぐに悲鳴が続き、「逃げたぞ!」という声が聞こえた。
魔物を取り囲むように立っていた学生は一気に外側に逃げ出し、気づくのが一瞬遅れたコールディアはパニックを起こした学生に押され思わずその場に尻もちをついてしまう。
「コールディア!」
逃げたフレウティーヌが気づいて振り返るが、押し寄せる学生に飲み込まれてしまった。
コールディアは立ちたくても人の層に押され、うずくまったまま流れが去るのを待つしかなかった。
「一体誰が仕留めますの!? 魔術師学科の教授は何をしてますの!?」
「わかんないよ! コールディアが見えない!」
学生の雪崩が終わると、見えたのは座り込むコールディアと、いつの間にか彼女の前に立っているノートヴォルトの姿。
そして肝心の魔術師学科の教授は、慌てて攻撃を開始していた。
「あんなに威張り散らかす割に当たらないもんだね」
「先生…」
「君のさっきの攻撃、よかったね。ちょっと集中に時間がかかるから実戦には向かないけど、すぐにうまくなりそう」
未だ攻撃の当たらない狼は、咆哮を上げるとノートヴォルト目掛けて一直線に走ってくる。
攻撃をしてこない高魔力の持ち主を、動かぬ餌と思ったのかもしれない。
「先生!? なんで動かないんですか!?」
「だって動いたら君が喰われるよ」
ノートヴォルトの右腕は、飛び掛かった狼が食らいついていた。
「せんせ…血が…」
「大丈夫、ちゃんと強化くらいはしてる。的が動かなければあいつらでも当てられるでしょ」
「でも、でもそれだと魔障が…」
「この程度の魔障は僕なら平気。治らないってのは侵された人間の魔力が低いか、許容量を超えるマギア・カルマを浴びた時だから」
唸る狼は腕を咥えたまま動かない。簡単に食いちぎれると思った餌に歯が立たずに、苛立っているように見えた。
やっと下手な攻撃が当たるが、威力がやや足りなかった。
ノートヴォルトがそれを見込んで同時に攻撃を当てると、魔物は消えた。
学生が遠巻きに2人を見る。
「ノートヴォルト教授…あれ大丈夫なのか?」
「魔障は? 大した事なかったの?」
「ノートヴォルト教授も少しは攻撃しろよ」
「まあ身を挺して守ったのは凄いんじゃない?」
フレウティーヌとラッピーはそれを聞いて憤ったが、それよりも遠くに見える2人が心配で駆け寄った。
コールディアは泣きながらノートヴォルトの傷を癒していた。
「先生…先生…ありがとうございます…い、今なお、治しますから…」
「自分でやるからいい」
「や、やらせてください…きゅ、きゅあ…ごめんなさい、震えて…」
「気にしないで」
「き、気にします、きゅあ…私だって先生を癒したいです」
大丈夫か声をかけようとしたフレウティーヌとラッピーは、そっとしておいた方が良い気がしてそのまま教室へと戻った。
「きゅあ…いん…」
「癒されてるよ」
「きゅ…はい?」
「いつも癒されてる」
「先生……外傷治癒」
「ありがとう…」
ノートヴォルトの黒い衣装からはどれほどの出血があったのかはわからなかったが、滴り落ちる血は止まった。
コールディアに向けられた目は優しくて、いつの間にそんな柔和な表情をするようになったんだろうと見つめ返してしまった。
直後かけつけた魔術師学科の教授2人が平謝りしていたが、ノートヴォルトは「大丈夫です」とだけ言うとコールディアを連れ音楽棟へと戻った。
宮廷魔術師の幹部は最後まで見ているだけで、その姿もいつの間にか消えていた。
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