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それから夜まで驚くほど静かな時間を過ごした。
当たり前の毎日の中のひとコマ、なんでもないただの週末のような。
一緒に食事をし、ピアノを奏で、それにうっとりと耳を傾け、子供の頃の話をして。
夕方に彼は少しだけうたたねをしていたけど、久しぶりに故郷のやたら豆の多いスープが出来る頃には起きていた。
この日は大量にチーズをかける、ブルークランプ風。
“目を閉じてチーズを削り、いいと思うところで止める”という遊びをしたら、ノートヴォルトは見事に皿から少し右のところにかけてしまい、コールディアは笑いを堪えるので必死だった。
彼は「あーあ」と言いながらそのまま皿に乗せると、一口食べて「懐かしい、おいしい」と言っていた。
「先生…」
「ん?」
「なんにもなさすぎて怖いです」
夜、コールディアが綺麗に整えていたベッドに2人で潜り込むと、腕の中で少しだけ緊張している彼女がそう言った。
「怖いってなにが?」
「あんまりにも普通な一日で怖いです」
「穏やかだったね」
「穏やかでした。こんなに退屈な日が大切に思える日が来るとは思いませんでした」
「僕は誰かと共にこんな穏やかな日を過ごせる時が来るとは思わなかった」
コールディアを背中から抱きしめる腕に力がこもる。
「コールディア、聞いて。僕は死ぬつもりはない。でもね、国は必死に隠してるけどそろそろ限界なんだ。“魔王の観測はされていない”って言うけど、外に行く僕らからすると、もう秒読みだと思う」
コールディアは返事の代わりに、腰を抱くノートヴォルトの腕をぎゅっと掴んだ。
「僕は死ぬつもりはない。ないけど、そういう結果になることだって大いにある。もしそう――」
「言わないで! 可能性のことでも言わないで! 先生がどんなことになろうと私の想いは私が決めます」
「コールディア…」
「先生、生きてないと損しますよ。このバカみたいに普通の日を私用意して待ってますから。もう飽きたって言っても、なんにもないんです。毎日ピアノ弾いて、うたたねして、皿からチーズこぼして、書き損じた楽譜散らかして、ピクシーハープで歌って、雨音に文句言って、辛いクッキーと甘いクッキー焼いて、ハグしてキスして一緒に眠る。そんな毎日用意して待ってますから!」
「……それは魅力的かも」
「でしょ。だから先生、死んでる場合じゃないんですよ。先生は死にません。凄くかっこよくて、素敵で、強いんだから、絶対死にません。ぜったい…しなないもん」
コールディアの声が震えていた。
僅かに下がる彼女のこの声を久しぶりに聞いてしまい、ノートヴォルトの心が急速にざらついた。
こんな声聞きたくない。
擦り切れるような日々の中、聞きたいのはいつもの君の声なんだ。
「コールディア、コールディア…」
「せんせい…」
「こっち向いて。泣かないで。そんな声じゃない、だったらこっちの声の方がいい」
強引に自分の方を向かせると、伸し掛かって唇を塞いだ。
強制的に上ずった声を出させたくて、割り込ませた舌で口内を蹂躙していく。
彼女を包むには少し大きい自分のシャツをはぎ取ると、その中の下着まで奪うように取り去った。
薄暗い間接照明の中に浮かぶ驚いた表情のコールディアが、生まれたままの姿で横たわっていた。
「綺麗だ…」
「先生も綺麗だよ…先生も全部脱いで…」
シャツを脱ぎ、ズボンも下着も全て投げ捨てる。
初めて目にしたノートヴォルトの裸の上半身は、複雑に絡む鎖の模様の真ん中に、ショスターク家の紋章が刻まれていた。
見えない背中には、マエスティン家の紋章が刻まれているはず。
「先生、きて…」
ノートヴォルトが覆い被さる。
欲しがる彼女に、ノートヴォルトは舌と指で何度も絶頂に導いてやる。コールディアも彼を口で愛し、疑似的に繋がり、何度も吐き出させた。
高くて甘い声で啼き続けた彼女は、最後は目じりに涙を浮かべたまま果て、眠ってしまった。
翌朝目が覚めた時には、ベッドの中には彼女1人しかいなかった。
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