壊れた夢の帰り道

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 母からの仕送りの荷物を開けて、咲真は長い息を吐いた。一人暮らしを始めてもう五年経つというのに、この瞬間に味わう重苦しい感情は少しも変わらなかった。ラグ敷きの床に置いた段ボール箱には食品と消耗品が入っていて、いつものように二つ折りの便箋が乗っている。咲真は座椅子の背に凭れ掛かりながら義務的にそれを開いた。 “咲真へ。五月になって急に夏が近づきましたね。体調を崩さないよう気を付けて下さい。”  手紙に目を通した咲真は、今回はとても短いなと思った。特別な感情は湧かず、ただ空白の方が多い便箋の状態を見ていた。咲真は立ち上がってクローゼットから小さい収納ボックスをテーブルに出し、蓋を開けた。中身は母からの手紙しか入っていないのでとても軽い。二ヶ月に一度の仕送りの時に添えられた便箋はクリップで留められ、年賀状を仕切りとして一年毎になっている。便箋は端が折れたりしているものもあった。咲真は今日届いた便箋を捨てるように中に放り投げた。読み返す事もないが、一年が終わる時にクリップで留めるというのを五年間やっている。咲真は便箋の束の下からクリアファイルを取り出した。そこに挟んであるのも母からの手紙で、唯一読み返すものであり、実家を出る前に手渡されたものだ。手紙といっても“咲真へ”とも書いておらず、箇条書きで一人暮らしを認める為の条件が書かれている。 “体に気を付けること。仕送りを受け取ること。住所と連絡先が変わったら言うこと。困った事があったら相談すること。カウンセリングを続けること。帰って来たくなったらいつでも遠慮せずに帰って来ること。”  これを読む時、咲真はこのマンションの部屋が実家の自室になったかのように感じる。一軒家の二階に自室はあったが、キッチンなどの有無を除けば広さや窓の位置がほぼ同じだからだろう。実家の自室とは違うと示す為に、カーテンを落ち着いた色味に変えたり、観葉植物を置いて咲真はそのイメージから逃れようとしているが未だ振り解けずにいる。収納ボックスを元の位置に戻してクローゼットを閉めた咲真は、スマホのカレンダーを表示しながら座椅子に腰を下ろす。次のカウンセリングは一週間後だった。
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