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第3話 守護霊やってまーす
「だからこの時期に生魚を食べるのはよせ、って言ったのに」
診療台に頬杖をつき、外国人の幽霊は溜め息を吐いた。
「いつ言ったのよ、聞いていないわ」
「今は俺の声が聞こえているんだね」
処置室に、なぜか二人。カーテンで仕切られたこの空間には、点滴を打たれた私しかいないはずなのに。一人暮らしで、一人はしご酒をした私は、魚にあたった自分の不幸を憂いながら、天井を虚ろに見つめていただろう。この幽霊がいなければ。
「いつから聞こえるようになってたの?」
「ついさっきからです」
「ついさっき? ま、まさか」
「本当です。魚にあたった身体的ショックが原因……としか」
「そんな症例、百年前から聞いたことがない」
「現に見えて聞こえているんです! ていうか……」
さきほどまで医者と看護師がいたので「独り言をぶつぶつ呟く人間だ」と思われてはならないと、訊ねることができなかったが。
「貴方は誰? 百年前ってどういうこと? なぜ白衣を着ているの? 幽霊なら三角巾に白い着物でしょ! あ、でも外国人か」
幽霊はクスクスと含み笑った。
「俺は百年前に医師だったのさ」
「な、なるほど。貴方……外国人? 日本語が堪能なのね」
「俺は英国人だよ。言語を習得するなら、その土地に住むのが一番だって言うだろう。君のそばで日本語を学んだんだ」
「……。どうして私のそばにいるの?」
「君の守護霊だから」
――やっぱり私、酔っているんだわ。
「先生と看護師さん、来たよ」
「えっ」
幽霊には壁の向こう側が見えているのだろうか。彼がそう言った直後に扉が開いて、看護師さんが点滴を外し始めた。
「容態も安定しているし、今日はこのままお帰りいただいて構わないでしょう。タクシーを呼ばれますか?」
医者の言葉には面食らった。入院の手続きを取らねばならないと思っていたからだ。あっさり帰宅指示が出されるなんて。それでいいのか。
「本来ならば一晩入院していただくことをおすすめしますが……当院は、今問題の……流行病の患者さんを多く受け入れております。感染防止の為、体調に問題がなければ入院しない方が良いかと」
医者の言いたいことは分かった。食あたりの患者は早いところ帰ってくれ、流行り病の感染者が増えるとたまらない、ということか。
「立てますか?」
「は、はい」
多少足元がふらついたけれど、歩行は可能だ。
「タクシーをお願いします」
電車で帰ろうにも身体の疲労感が半端なく、最寄りの駅に辿り着く自信がない。夜間診療代にタクシー。高くつくが致し方ないか。
支払いを済ませた直後、タクシーが病院の玄関へやってきた。行き先を告げると、車は走り出した。私ともう一名の軽いツレを乗せて。魂は二十一グラムというけれど、本当なのかは分からない。
「そういえば自己紹介がまだだったね。俺は、エドワード・アップルレード」
アップルレード。なんだかヘンテコな苗字だが、どこかで聞き覚えがある気がする。一体どういう経緯で私のそばに「守護霊」としているのだろうか。訊ねたかったが、ここはタクシーの中。運転手の目があるので、アパートに帰ってから根掘り葉掘り聞くことにしよう。
「実は俺、前世の君の恋人だったんだ」
「な、ななな、な……ゲホッ、ガハッ、ゴホッ!」
「お客様、大丈夫ですか!」
激しく噎せる私を、運転手が心配する。「大丈夫です」と繰り返した。
「大丈夫かい? これだから目を離せないんだよ。生まれ変わった君が心配で、今は守護霊やってまーす」
――守護霊やってまーすぅ?
やっぱり私、まだ酔っているんだわ。
これから禁酒ね、しばらくは。
【つづく】
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