色褪せた指輪

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 父母の制止も聞かず、美優はコートを羽織って足速に玄関を飛び出した。外に出た瞬間、身体の芯まで凍結した感覚に襲われた。背筋がブルリと震え、くしゃみをひとつ。  自宅が見えなくなるまで早足で歩き続けた美優は、急に立ち止まって大きく息を吐いた。冬の夜が肺の中に取り込まれ、冷やされていく感じが心地よい。先ほどまで渦巻いていた澱んだ温い空気が一気に霧散した。  ようやく解放された。とは言え、これから本当に卵を買って自宅に戻らなければならない。それを考えると、胸の奥で灰色の空気が再び芽吹くのだ。  重い足取りで、道の突き当たりまで連なる擁壁のそばをゆらゆらと歩く。今思えば、卵を買いに行っている間におじやは空っぽになってしまっているのではないだろうか。自宅と卵の販売機とは往復して10分は掛かる。10分だと、折角のおじやが温くなって台無しになってしまう。  ところが、今の美優にはおじやなんてどうでもよかった。卵を買いに行くというのはただの口実だ。正直一人になりたかった。いや、それよりむしろ少し一人になる時間を確保して、複雑化した不燃性の感情の持って行き場を探したかった。  美優が夜空を仰いで、道端の小石を蹴り上げた時だった。 「美優ちゃーん‼︎」
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