忍者養成動画チャンネル

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忍者養成動画チャンネル

イメージの中の忍者は、黒い忍者装束に身を包み、闇を駆け、天井裏や床下に潜み、時に情報収集を、時に暗殺を、時に護衛を、あらゆる任務につく、古のスーパーエージェントだ。その正体は不明。主君に忠実な下僕(しもべ)であり、己よりも任務を優先するときに非常な存在……。 だからこそ、咲耶、ネム、シャオランのキャッキャした女子高生とはとても結び付かなかったし、実際に見た忍術も派手で、『忍ぶ』といった要素は見受けられなかった。 時代の変遷と共に、その在り方は移り変わっていく。 それは分かっていても、何せ対象が『忍者』だ。イメージを現代に寄せろと言われてもなかなかに無理がある。 そんな中、先日連絡先を交換したコンガから送られてきたのは動画サイトのURL。アクセスしてみると、和服姿で髭の老人がにこやかに画面中央へと躍り出た。 『岩爺の!忍者体験講座~~~!よくぞこの動画にたどり着いた!それだけでお主には忍者の才能があると言ってよいじゃろう!誇るがいい!』 どんどんぱふぱふ~~~、という実に素人臭いジングルが流れる。もはや動画としてはホームビデオ並みだ。 そこから、老人の老人による老人の為の、と言っていい程に分かりやすい忍術講座が始まった。 忍者の歴史、忍術の体系、修行法、戦いの極意、逃げる術。 この動画、なんだか悔しいのだが、とても面白い。 分かりやすいし、興味が引かれる。練習も、成長する竹を飛び越える、なんて非現実的なものではなく、基礎体力の向上のためのちょっとしたコツ(一駅分歩くとか、エスカレーターじゃなく階段を使うとか)や、印の結び方、体幹の強化方法など、日常生活の中で取り入れられるものばかりだった。 昼休みにご飯を食べながら、龍太郎がおやつに夢中になっている間、お風呂の後のちょっとした隙間時間。 隙あらば岩爺チャンネルを見てしまう。こんなにも何かにハマったのは久しぶりだった。 三十本ほどある動画を二、三回ずつ見て何となく忍者や忍術についての概要を理解したころ。普段割と寡黙な夫、仁が菜奈を見てボソリと呟いた。 「……最近携帯見ている事が多いな。」 あ、ごめん。その一言で済ませればそれで済んだのかもしれない。しかし、この一言で菜奈の中で何かがプツンと音を立てて切れた。 「仕事に子育て!家事!!!その隙間で携帯見るくらいいいじゃない!」 菜奈の突然の大声に、龍太郎がビクリと体を硬直させたのが視界に入ったが、一度溢れ始めたものは止める事が出来ない。 菜奈は、今まで仕舞っていたものを全て吐き出すかのように言葉を続けた。 「普段から帰りは遅いし、土日だって仕事が入ることがあって、あなたが居ない間のことは全部私がやってるの分かってる!?そりゃその分私の仕事の時間は少ないし、稼ぎだって少ない。だけど、仕事していない時間も私は自分のことじゃなくて家のことをやってるの!どこかに出かけるわけじゃない、引っ越してきたから友達がいるわけじゃない。買い物は日用品と子供のもの。自分の事全部後回しにしているのに、その上携帯も見ちゃいけないわけ!?」 「……そんなことは言っていない。息抜きが出来ないのは悪いと思ってる。……けど、食事しながらも携帯をチラチラ見たり、竜太郎が話しかけているのに気づかないのは、どうかと。」 仁の言っている事は正しい。それは理解できている。しかし、彼は知らなかった。こういう時に正論をぶつけることは、最も菜奈を追いつめてしまうのだということを。 「……もういい。……少し一人にさせて。」 菜奈は上着と携帯だけ掴むと、そのまま家を出た。 驚いた龍太郎が「ママ!」と叫ぶ声が聞こえたが、今は聞こえないフリをする。視界が涙で霞んでいた。 久しぶりに歩く夜の街は、思っていたよりも温かかった。行く当てもなくただ足を前に出す。視界も定まらず、頭の中には先程の龍太郎の声がずっとループしていた。 自分は、悪い母親なのだろうか。確かに、あれ以来スマートフォンを触る時間が圧倒的に長くなっている。その自覚はあった。龍太郎が「ママ、けいたいはいいから!りゅうのほうみて!」と言って来た時には、流石に反省してスマホを置いたものだ。しかし、それでも30分と経たないうちについスマホを見てしまう。岩爺チャンネルだけではない。オススメに出て来るような動画や、他のSNSもついつい見てしまう日々が続いていた。 その自覚と罪悪感があったからこそ、仁に何も言い返すことが出来なかった。だから、こうしてここに居る。やるせなさと、申し訳なさと、けれども結局なかなか家に帰ってこない仁への不満が、波のように押し寄せてきた。 気づけば、辺りは少し薄暗くなっている。顔を上げると、そこはいつも龍太郎と遊びに来る公園だった。 ぽつんと街灯に照らされたブランコが寂しく揺れている。菜奈は思わずそこに腰かけて、夜空を見上げた。 「……傷心のようじゃの。」 「うわあああああ!!!」 突然背後から声が振ってきて、菜奈はブランコから転げ落ちた。 和服に身を包んだ、白髪に髭の。 「岩爺……?」 そこに居たのは、まさに先刻まで動画で見ていた岩爺その人であった。
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