第四章【戻れない秘密】蜜木

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第四章【戻れない秘密】蜜木

◆  蜜木は雅火に話を聞いた翌朝、銀幽に筆鳥を飛ばした。  そしてその返事は、その日の昼過ぎにやってきた。  九郎兵衛番所にいた蜜木の前に、ふわりと筆鳥がやってきた。 「九郎兵衛番所、与兵、三等官、赤坂蜜木。こちらは銀将、瀬戸銀幽」  筆鳥はそこまでいうと、ピタリと止まった。 「止まったな。つまり蜜木個人宛か」  隣に座っていた船人はいった。 「一旦、席を外します」  蜜木はそういって、持ち場から離れた。  ひとけのない場所までいくと、蜜木は筆鳥に続きを促した。 「式神を二体、そちらに向かわせた。その一体は桂城(かつらぎ)朔馬(さくま)であるが、他者に口外してはならない。彼らは竹原屋の鬼虚の件について協力してくれる。そのため本日は、彼らの協力を最優先事項として欲しい。以上」  重要なことをさらりといわれたので、蜜木はその内容を咀嚼するのに少し時間を要した。  なぜ朔馬が式神の姿でやってくるのだろうか。  朔馬が遊郭の調査に入ったとなれば、噂が立つからだろうか。  そもそも桂馬の役職に就いている朔馬が、遊郭の鬼虚を調査するのはなぜなのだろう か。  おそらく遊郭に来たことのない朔馬は、その辺の妖将官よりも遊郭の内情には疎いはずで、適役であるとも思えなかった。そう思った後で、朔馬は遊女や見世に忖度をしないから適役なのかと思い直した。  蜜木は対応のお礼を告げて、銀幽へ筆鳥を飛ばした。 「離席してすみません。ありがとうございました」  蜜木が番所に戻ると、船人は蜜木を一瞥して「ああ、おかえり」とだけいった。  船人は、来客の対応中であった。 「こんなこといっちゃあれだが、お前さんたち……」  船人はそういって、客人二人を凝視した。  しかし客人と思っていたのは、人形(ひとがた)の式神であった。つまり銀幽が寄越した式神であると、蜜木はすぐに理解した。 「船さん、すみません。この式神たちは、今回の件に協力してくれるとのことです。先ほどの、銀将の連絡がそれでした」  蜜木の言葉を受けてなお、船人はなにかいいたそうに、式神と蜜木を交互に見つめた。 「いや、この式神なんだが……」  式神たちはそんな船人とは対象的に、ひどく落ち着いた様子であった。  そういえば前回の河田屋の事件の際にも、銀幽の式神が寄越された。今考えてみると、その時の式神も朔馬だったのかも知れない。 「この式神ってのは、なんていうか。前回の、河田屋の時と同じ式神かね?」  船人が確認するようにいうと、背の高い方の式神の一体がうなずいた。 「あ、そうか。そうだと思ったわ。毎度すまないな。とりあえず、なんだ。君らは竹原屋にいくべきか?」  船人はおそらく中身が朔馬であることを知っている。それでもこの距離感で会話ができることを素直に尊敬する。 「そうだな。雅火の話を聞いてから、大我の話を聞きにいった方がいいと思ってる。竹原屋に通してほしい」  式神ははっきりとした声で、そういった。 ◇  それから蜜木は二体の式神をつれて竹原屋へと向かった。 「お久しぶりです。桂城(かつらぎ)朔馬さんですよね。赤坂蜜木です。覚えていますか?」  先ほど声を出した式神が朔馬だとは思いつつも、蜜木はどちらにも目を合わせながらいった。 「もちろん、覚えてるよ」  そう答えたのは、蜜木が朔馬だろうと見当をつけていた方の式神であった。この式神は朔馬である。そう認識すると、その姿が途端に鮮明になった。 「そちらの方も、人間ですか?」  蜜木はそういって、もう一体の式神を見つめた。 「はい、人間です。ハロと呼んで下さい」  ハロはそういって蜜木に頭を下げた。  朔馬の時と同様に、その式神が人間であることを認めるとその姿が鮮明になった。ワイシャツに袴姿なので、官吏なのだろう。しかし蜜木にとっては、初めて見る少女だった。年齢はおそらく朔馬と同じくらいである。 「大切な客人なんだ。なにかあった時は、最優先で守って欲しい」  朔馬の客人ということは、ハロが護衛対象だったりするのだろうか。しかし朔馬が護衛するような人物を、こんな場所にまで連れてくるとも思えなかった。  しかし自分が詮索しても無意味なので、蜜木は思考を止めて「わかりました」と返事をした。 「迷惑かけないようにします」  ハロは蜜木にいった。 「いえ、とんでもないです」  蜜木はそういって微笑んだ。  ハロは姿勢もよく、歩き方もとても安定している。その辺の武官よりも、しっかりした体幹の持ち主である。しかし腰が低くて愛嬌もあるので、ハロは武官ではないだろうと思った。蜜木の完全な偏見であるが、そう思った。少女が武官になることも多くあるが、そういう者は必要以上に気が強い傾向にある。 「銀将からだいたいのことは聞いたよ。竹原屋に現れる鬼虚の原因が、夜風一族の大我かも知れないってことなんだろ」  朔馬はいった。 「そうです。確証はないのですが、他に怪しい者がいないのが現状です」 「なるほど」  竹原屋に到着すると、朔馬は建物の外観を入念に調べた。  異変がないことは確認済みであるが、蜜木は特に言及しなかった。この天才にしか見えないものもあるだろうと思ったし、見てもらえるならそれに越したことはないからである。 ◇ 「あら。また来てくれたんだね」  雅火はそういって、蜜木たちを迎え入れた。 「かわいいお客さんだねぇ」 「今回の件で派遣された、式神なんだ」 「式神? どうにも人間の匂いがするけどね。若い男と女の匂いだ」  雅火は上機嫌にそういって、二人に顔を近づけた。 「人間だ。名は朔馬」  朔馬は雅火の言葉を否定することなく、名乗った。その名を告げる必要はないように思ったが、朔馬がそう判断したのなら蜜木には口を出す権利はなかった。 「鬼虚の件というか、大我のことを聞きにきた。知ってることがあれば、話して欲しい」 「蜜木にもいったけどね。鬼虚がどうのって話なら、大我は関係してないと思うよ。もし私の居場所が割れたなら、大我は直接ここにやってくると思う。大我はそういう男なんだよ」  雅火は「そう思わないかい?」と、蜜木を見た。 「蜜木と大我は顔見知りなのか?」  朔馬はいった。 「大我とは、何度か会ったことあります。私は夜風の末娘である(よい)と婚約しているので半年に一度、槐山(さいかちやま)に通っているんです。その際に、顔を合わせることがありました」 「蜜木と夜風一族は接触が禁止されてると聞いたけど、半年に一度なら問題ないわけか。彼岸の時期は許可が下りているとか、そういう感じか」  朔馬は蜜木の事情に驚くわけでもなく、冷静にいった。  頭の回転が速かったり、知識が豊富な人間だと、こんなにも話が早いのかと蜜木は静かに感心した。 「その通りです。でも大我についてどういう性格であるとか、そういうことを語れるほどは知りません。でも雅火がいうように、大我なら直接ここに来るような気もします」 「情報は多い方がいい。知る限りで、大我のことを話して欲しい」  それから蜜木は、いわれた通り大我の印象を話した。 「雅火は? 大我の元許嫁ってことだけど、付き合いは長いのか?」  蜜木が話し終えると、朔馬は雅火にいった。 「長いもなにも、生まれた時から一緒だったよ。私と大我はイトコ同士だったし、幼なじみでもあったからね」  それらについては、初耳であった。 「それなら、大我の性格には詳しいんだな」 「詳しいってわけでもないよ。蜜木がいったこと以上に、付け加えることもないしね。それにここで聞きたいのは、大我が鬼虚と関係しているかって話なんだろ。どんな類の鬼虚か知らないけど、さっきもいった通りだよ。鬼虚と大我は無関係だと思う。これでもういいだろ?」  大我について話したくなはい。  雅火の声は柔らかいままであったが、そんな強い意志が宿っていた。 「でも大我の可能性がゼロでない以上、俺たちは大我に話を聞く必要がある」 「その辺は好きにしなよ。私には関係のないことだからさ」 「でも大我を知ってる二人がそういうなら、鬼虚の原因が大我でない可能性が高い気がするな」  朔馬はさっぱりといった。 「念のため、竹原屋で働く者たちに話を聞きたい。竹原屋の中では、鬼虚の件は周知なのか」  朔馬は蜜木を見た。 「楼主は遊女たちに話を聞いてみたとのことですが、鬼虚の件は伏せている可能性はあります。楼主に確認をとってから、遊女に話を聞きましょう」  蜜木はそういって立ち上がった。 「ちょいとお待ちよ。その子も連れていくつもりかい?」  雅火はハロを指した。 「そのつもりだ」  朔馬はいった。 「この子は、この部屋においてきなよ。たとえ式神の姿でも、遊女ってのは女には敏感だよ。男二人を連れた女がいたら心象が良くないし、口も固くなるだろうよ。でも顔のいい男が二人、話を聞きたいって部屋に来たなら悪い気はしないと思うね」  雅火はいった。 「じゃあ私は、ここで待たせてもらってもいいですか」  ハロは雅火にいった。 「もちろん、構わないよ」  雅火はいった。  朔馬はなにも読めない表情で雅火を見つめていた。めずらしく判断に、迷っているようである。 「この子と、私を二人にするのが不安かい?」  朔馬はその言葉を受けて「少し」と肯定した。 「雅火はハロを傷つけるほど愚かではないと思います。それに私たち二人で話を聞く方が、遊女の口がなめらかになるのも事実だと思います」  採用されるかはわからないが、蜜木は自分の意見を述べた。  朔馬は「そうか、わかった」と、蜜木の意見を飲み込んでくれたようだった。 「いってらっしゃい」  ハロがいうと朔馬は「すぐに戻るよ」と、雅火の部屋を後にした。  ハロは特別な人間なんですか?  そんな出過ぎた質問をしたくなるほどには、ハロの存在が気になった。  聞けば、朔馬は答えてくれるかも知れない。  しかしそんな気がしたからこそ、その質問はできなかった。  戻れない秘密を知ってしまう可能性がある。  そんな気がしたからだった。
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