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三浦屋
「太夫、体調はどうだい?」
「……おっかさん、ご迷惑をおかけしんす」
豪華な調度品がある広めの部屋。
窓掛けがかけられ、部屋は薄暗い。
部屋の中央に敷かれた分厚い布団に横になっていた若い女性が起き上がろうとするのを、おっかさんと呼ばれた女性が止める。
おっかさんは三浦屋の女将、都久であった。
都久は布団の傍らに座る。
「気にしないでいいんだよ。お前が早く治るように、蘭方医に来てもらうことにしたよ」
「おっかさん、医者には……」
「何言ってんだい。太夫には早く元気になって貰わないとね。太夫を待ち望む旦那衆はたくさんいるんだから。若い女の先生だよ。こないだ、あっちも助けてもらったんだ。腕は信用できるよ」
静かに聞いていた太夫の表情が曇る。
「おっかさん、その先生の名はなんと言うのでありんすか?」
「えぇと、確か、緒方七紬とか言っていたねぇ」
「……医者に体を見せる気はありんせん! 医者にも会いとうありんせん!」
普段物静かな太夫の激しい物言いに、さすがの都久もたじろいだ。
「おっかさん、その医者は断っておくんなんし。わっちはもう大丈夫でありんすから……」
激しく話したせいで、太夫がむせる。
「ほら、言わんこっちゃない」
それでも太夫の背に手をおき、労るように言った。
「太夫がそこまで言うのなら、女先生にはあっちが断っておくよ」
太夫は布団を被って顔も出さなかった。
布団は細かく震えていて、太夫が泣いていることが見て取れた。
そっと都久が出て行く襖の音を聞き、太夫は布団から顔を出して涙をぬぐった。
小さかったあの子はどれほど大きくなった事だろう。会いたい、と思った。
でも器量が良いからと妓楼に売られた自分を見せたくない、とも思った。
三浦屋で太夫にまで上り詰めたが、自分で望んだ訳ではないことを、嫌というほど思い知らされる。
妓楼に売られてから、芸事を磨き、必死で生き抜いてきたけれど、今の姿はあの子に見せたくない。
溢れる太夫の涙は、当分止まりそうになかった。
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