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一番星
しばらくの間、都久が診療所を訪れることはなかった。
どうしただろうと思いながらも、七紬は目の前のやる事を黙々とこなしていた。
処方した薬が切れる頃、都久が診療所にやって来た。
七紬への手紙があると言う。
都久から渡された紙を、震える指で開く。
『君がため 惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひぬるかな』
(あなたの為に死んでもいい、そう思っていたけれど。今はあなたと少しでも長く生きたい)
手紙から顔を上げると七紬は都久を見た。
笑顔を浮かべて都久が七紬の手を取る。
「太夫の咳と熱が止まったよ。もうしばらくしたら完全に元気になりそうだ。あんたはいい医者だ。太夫を助けてくれて。心から礼を言わせて貰うよ」
七紬の目に涙が浮かぶ。
自分が診た訳ではないけれど、紫が生きる力を取り戻したことが嬉しかった。
今はまだ会えないけれど。
生きてさえいればいつかは、会える。
そう、思えた。
三浦屋紫太夫の部屋では、二人の禿が紫太夫と千代紙で鶴を折っている。
「太夫、太夫。綺麗に折れんしたえ」
嬉しそうに千代紙の鶴を紫太夫に見せる。
「今にも羽ばたきそうだねぇ」
優しく微笑む紫太夫に、禿たちが喜ぶ。
開け放たれた窓の空に向かって、折り鶴を掲げる。
「あの星まで飛べんすか?」
あどけない禿の言葉に、紫太夫はそっと髪を撫でた。
「きっと飛べるでありんしょう」
暮れてきた空に、輝く一番星。
窓から手を伸ばし、手のひらに一番星を握る。
会いたい。
あなたに会いたい。
一番星を掴めば、願いは叶う。
いつか、きっと。
二人の姉妹は空に輝く一番星を眺めながら、同じ事を思い、願った。
〈了〉
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