お久しぶりですゲーム

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「ただいま」 俺は自宅に帰り、自室に荷物を起き、手を洗った後で、リビングのソファーに座った。 「それにしても、変な人だったな」 俺はお久しぶりですゲームで声をかけた女性とカフェに行き、三十分程度、話をした。 話をした、というよりかは、話をさせられた、という表現の方が正しいだろうか。 終始、俺は俺の話をさせられていた。今はどんな部活をしているの? とか、両親との関係は? とか。とにかく質問をたくさん受けた。それに対して、相手は自分のことを全くと言っていいほど、語らなかった。 しかも、俺の答えを聞いても、反応はあまり芳しくなかった。まるで何かを押さえつけているかのような表情をしていた。 「お、帰ってたのか」 「おかえり、父さん」 リビングの扉が開き、父さんが帰ってきた。この不思議な体験を誰かに聞いてもらいたくて、俺は父さんに今日あったことを、話始めていた。 最初、父さんは普通に話を聞いていた。だが、徐々に表情が曇っていった。 「……お前、その人から何か聞いたか?」 「え? 聞いたこと? そうだな……」 俺は会話を思い出す。相手は全くといっていいほど、自分のことを語らなかったが、一言だけ、自分を見せた言葉があった。 「今、あなたは幸せなんですね。それは良かった。その幸せを絶対に手放さないように。手放してしまったら、取り返しのつかないことになることもありますから」 眉を八の字に下げ、口の端が震えていた。それでも必死に笑顔を見せようとしていることに痛々しさを感じたのを覚えている。 この人は何かを手放し、それが取り返しのつかないことになり、後悔している経験がある。 それが唯一、あの女性が自分自身のことを口にした言葉だった。 そして、それがあの女性との最後の会話だった。 父さんはその言葉を聞いて、眉根を寄せた、と思ったら、大きく息を吐いた。 「もう頃合いか」 俺が小首を傾げていると、父さんは珍しく真面目な顔つきで、俺を見つめた。 「先に言っておく、俺も母さんも隠していたつもりはない。ただ、積極的に伝えるつもりもなかった。なぜなら、お前は俺たちの大切な一人息子で、俺たちは何があっても家族だからだ」 「な、なんだよ、急に」 父さんからの言葉に動揺を隠せない。父さんたちが何かを隠していることは間違いなかったからだ。 父さんは、一つ大きく深呼吸をした。 「まあ、こういう日がいずれ来るとは思っていた。だが、まあ、なんだ。実際に来ると、覚悟っていうのは簡単に揺らいでしまうものだな」 父さんの見たことのない弱弱しい表情に、俺は困惑した。生まれてからずっとこの家にいるが、父さんが弱気な場面をほとんど見たことがなかった。 俺はごくりと生唾を飲み込んでいた。話は相当に重い話だ。こちらも覚悟が必要だ。 「でも、言う。言わなければならないな。それが今だってことなんだろう」 父さんが俺の双眸を捉えた。決心した風に見えるが、目の奥に揺らぎがあった。迷いが残っている。だが、最後の瞬きで、その揺らぎは消え去った。 「今日、お前が会った人は恐らく、お前の産みの母親だ」 その衝撃的な言葉に、俺の思考回路は停止した。 俺は父さんと母さんと血がつながっていなかった。 そういえば、あの人はこんなことも言っていた。 「あなたはわたしのこと、本当は知らないですよね? それなら良かった」 ……そういうことだったのか。 あの人は、俺を捨てた人だったのか。 その直後、世界が暗転したように感じた。 「捨てられた」 その言葉が脳内で何度も反響する。何度も何度も何度も。その度にゴリゴリと心が削れていく音がする。 「……おい、おい!」 肩を揺さぶられて、ようやく暗い世界から帰ってくる。だが、世界の景色は一変してしまったように思う。 目の前にいる人は、父親じゃない……? いやいやいやいや、そんなことはない! 俺をここまでしっかりと育ててくれた! 本当の父親じゃないなんていう疑問を持ったことすら、今の今までなかった! たしかに、似てないとは言われていた。でも、それだけだ。それ以外に疑問を思い浮かべるような場面はなかった。 父さんと母さんは、いつも俺を愛してくれていた。それは紛れもない事実だ。 俺は一つ大きく深呼吸をした。 「大丈夫。もう、大丈夫」 でも、一つだけはっきりさせておきたいことがあった。 あの人、産みの母親が俺を捨てた理由だ。それだけははっきりさせておきたかった。それがとんでもない理由であっても、聞いておきたかった。多分、聞いておかないと、後悔するし、聞けるタイミングは今しかない。 「一つだけ聞かせて。あの人は、どうして俺を捨てたのかを」 父さんは鍵付きの戸棚へと向かって行った。そして棚を開け、一通の手紙を取り出した。それを俺に手渡す。 「読んでおきなさい」 父さんは、それ以上何も言わずにリビングからいなくなった。俺は手紙をそっと開く。 そこにまず入っていたのは、一枚の写真だった。 中学生ぐらいに見える少女がいた。その少女は号泣しており、希望と絶望がないまぜになった、形容のしがたい表情だった。 そしてその腕には生まれたての男の子がいた。 「……あの人だ」 少女の表情はあの人にそっくりだった。ということは、この男の子は俺なのだろう。 俺は写真の裏を見る。次の瞬間には自然と涙が出ていた。 「最初で最後の愛する我が子の抱っこ」 文字には涙が落ちていて、滲んでいた。我が子の誕生という希望と、我が子を手放さなければならないという絶望が震える文字からも伝わってくる。ただたた痛々しい。 多分、この文面だけ見ても、何の感情も抱かなかっただろう。でも、俺は今日、この少女と出会っている。だから、少女の感情が写真から流れ込んでくるようだった。 便箋も同封されており、それを読む。わずか一枚。けれど、そこに全てが詰まっていた。 あの人、俺の産みの母親は、中学生で俺を妊娠、出産していた。だが、俺のことは引き取ることができなかった。家族の大反対があり、それを押し切ることは、中学生であったあの人には不可能だったと記されている。相手方も、逃げてしまい音信不通で役に立たなかったそうだ。 唯一の抵抗は、俺を中絶できない週数まで守ることだった。俺だけは絶対に産んで見せる。それが自分の唯一できることだから、と覚悟を決め、そこまで誰にも悟らせずに耐えきったと記されていた。 「わたしとあなたは離れ離れになる。そうしたら愛を伝えることはできなくなる。だから、わたしがあなたを愛していたということを証明するために、絶対に守り抜くんだ! って思ったら、何とかなったよ」 手紙にはそう書かれていた。何とかなった、のではなく、何とかした、というのが正しいだろう。中学生の体はただでさえ急速に変化していく。その中で子を身籠れば、その変化は想像を絶する。その状況下で、年端もいかぬ少女が周囲を欺く。尋常ではない状況であったことは、想像の必要はなかった。 だから、伝わってきた。あの人の愛が。俺を愛してくれていたことが、嫌でも伝わってくる。 手紙の最後にはこう書かれていた。 「あなたが幸せであることを、ずっとずっと、願い続けます」 俺は手紙をしまい、父さんのところへと足を向けていた。 「父さん、お願いがあるんだ」 「わかった。あの人に会えるように手配する」 父さんは、俺の言葉を聞くまでもなく、俺の言葉を理解してくれた。 俺はそれがとてもうれしかった。親子だな。家族だな。そう自然と感じることができたから。 その上で、俺は産みの母親に会いたいと思った。いや違うな。父さんと母さんが俺を愛してくれたから、あの人に会いたいと思えた。 あの人に伝えたいことがあった。もう一人の母親に伝えたいことがあった。 今日みたいな形ではなく、俺がしっかりとあの人を生みの母親だと理解した上で、伝えたいことがあった。 俺はあの人の元に戻ろうとは思わない。俺はここにいたいから。でも、伝えておきたかった。 愛してくれて、ありがとう。 産んでくれて、ありがとう。 頑張ってくれて、ありがとう。 俺は今、幸せだよ。 改めてそう、俺の口からはっきりと伝えたかった。 そして、あなたのことも教えてください。 ~FIN~
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