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リゾートホテルの広いベッドの上で彼は目を覚ました。夜だった。
部屋の庭に面した側は、一面ガラス戸だった。ガラス戸の向こうには、きれいに刈り込まれた芝が広がっていた。ところどころで、夜の芝がライトアップされていた。広い庭だった。
彼は庭から目を離した。そして再び庭へ目をやった。池の向こう側の芝の上で、大きな亀が首を伸ばして、こちらを見ていた。
彼は庭から目を離した。そして再び庭へ目をやった。亀は消えていた。カメがいた場所には、亀の代わりに、大きな蛇がいた。蛇はとぐろを巻いて、こちらを見ていた。
彼は庭から目を離した。そして再び庭へ目をやった。蛇は消えていた。蛇がいた場所には、蛇の代わりに、ダチョウがいた。ダチョウは仁王立ちして、こちらを見ていた。
部屋にはシングルソファーがあった。そこへ埋まるように、女が寝ていた。肩までの黒髪の華奢な人だった。白いセーターを着ていた。
彼女が何者なのか、彼にはわからなかった。それは難しい問題だった。難しい問題だったが、彼にとって彼女が大切な存在であることは確かなことだった。
彼は再び眠りについた。まもなく目を覚ました。
布団の上に、さっきの亀がいた。
この部屋のどこかのドアか、もしくは窓が開いていて、そこから亀が侵入してきたのかもしれない、と彼は思った。
ということは、蛇も侵入してきているのでは。
彼は飛び起きた。布団をひっくり返した。蛇はいなかった。
女が目を覚ました。
「どうしたの?」彼女はいった。
「家の中に、蛇がいるかもしれないんだ」彼はいった。
「蛇なんて、いるわけないじゃない」
「それならよいんだけど、外から侵入してきた可能性があるんだよ」
「蛇って、毒蛇?」
「たぶん」
「毒蛇に噛まれたら死んでしまうわ」
「毒蛇に噛まれたら死んでしまうよ」
彼は女を見つめた。よく見ると、彼女の黒髪は肩までなかった。下顎の途中くらいまでしかなかった。ぴったり体へ張り付いた白いセーターが、彼女の細さを際立たせていた。小振りな二つの胸が、小さな丘のように盛り上がっていた。
「なに?」女はいった。
「いや、なんでもない」彼はいった。
彼は孤独ではなかった。しかし、より大きな意味で孤独だった。
彼は部屋中を歩きまわって、慎重に蛇を探した。
蛇を探しながら、彼は考えた。蛇はともかく、ダチョウはどうやって部屋へ侵入してくるのだろうか。あんなに大きな体で、どうやって侵入してくるのだろうか。
彼の大切な人が蛇に噛まれて、死んでしまうかもしれない。そんな状況だというのに、彼の関心は、早くもダチョウへ移っていた。彼にとって、問題はダチョウだった。蛇の次のダチョウだった。
部屋の中に蛇はいなかった。すべてのドアと窓は閉じられていた。亀はどこから侵入してきたのか。それすら彼にはわからなかった。
「蛇はいた?」女はいった。
「いなかった」彼はいった。
「顔を洗いたい」
女はバスルームへいった。悲鳴が聞こえた。彼女はバスルームから駆け戻ってきた。
「バスルームに何かいるわ」
彼は恐る恐るバスルームへ近づいた。頭の中では、蛇を通り越して、ダチョウを思い浮かべていた。女はきっと、ダチョウを見て悲鳴を上げたのだ。
彼はそっとバスルームを覗いた。そこには、蛇もダチョウもいなかった。バスルームにいたものは、彼の知らないうちに、蛇もダチョウも通り越して、得体の知れない姿になっていた。
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