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「藤次!!」
「おう!!待たせたなぁ、真嗣、楢山。」
……12月24日。クリスマスイブ。
神戸のとあるクリスマスマーケットにやってきた、司法修習生時代からの親友である藤次と真嗣と賢太郎の3人。
待ち合わせに10分遅れてやってきた藤次に、賢太郎は渋い顔をする。
「お前なぁ。どうして女との約束は律儀に守るのに、男となると」
「すまんすまん!!そやし、今日は小言は堪忍してぇやぁ〜。出かけに息子に行かんでくれと大号泣されたら、同じ親から分かるやろ〜。なあ?」
その言葉に、賢太郎はグッと言葉を詰まらせ、真嗣はプッと吹き出す。
「……なんだよ。修習生時代から散々浮き名を流して来た『鬼の南部君』が、今やすっかりパパが板について……笑っちゃう。」
「からかいなや真嗣。そやし、可愛いもんやなぁ自分の子供言うんわ。こないだもなぁ〜」
言いながらスマホの写真を見せようとしたので、賢太郎がまたも口を挟む。
「おい。惚気も良いが買い出し任されてるの忘れるな。」
「ああ!!せやった!!メモメモ……」
そう言ってコートのポケットから藤次はメモを取り出す。
「僕も!嘉代子さんと可奈子に頼まれたもの、忘れないように。」
「じゃあ、行くか。」
ピッと目の前にメモを取り出し笑う賢太郎に2人は頷き、3人はマーケットへと歩みを進めていく。
「買い物の前に、景気付けも兼ねてホットワインでも飲もうかのぅ〜。冷えてかなんわ。なあ?」
「賛成。ただし、甘口でね!」
「あと、一杯だけだぞ?このザル。」
「わこてるわ。ほんならテキトーに場所取っといて。今日は特別にワシが奢ったる。」
「おい。せっかくのイブを水浸しにするつもりか。ホラ。」
「同感。ハイ!」
そうして渡された紙幣を受け取りながら、藤次は渋い顔をする。
「ホンマにお前等、ワシに遠慮言うもんを知らんな。折角人が…」
「ハイハイ。言いたい事なら後で聞くから。早く行って来て!甘口頼んだからね!」
「そうだ。早くしろ阿呆。」
そうしてイートインスペースに消えていく2人を憎らしげに見つめながらも、藤次はフッと笑う。
「ホンマ、持つべきものは同期の櫻……やな。」
*
「でもさー、なんか不思議だよね。こんな歳取ってから家族ぐるみで付き合うようになるなんてさー。ホラ、特に僕らはさ。修習生時代の藤次見てるだけに。」
「だな。あの遊び人が、よくもまあ今まで刺される事なく生きて来た事だけでも奇跡だって言うのに、今や妻と子供2人も養ってるんだからな。」
「ねー。」
家族連れで賑わうフードコートの一角で、近くの屋台で購入したリンゴ飴を頬張る真嗣と、煙草を蒸す賢太郎は、齢50で2児の父になった友人の話題に花を咲かせる。
ほんと縁て分かんないやと言う真嗣に、賢太郎は複雑そうに笑う。
「谷原は、やり直そうとは考えてないのか?嘉代子さん達と……」
「えっ?!そりゃあ、まあ、…うーん。あるっちゃあるけど、僕が一方的に藤次を好きになって本気になったから別れてくれって言ったんだよ?今更……」
「そうかな?俺は嘉代子さん、まだ脈があると思うんだがなぁ〜。でなきゃクリスマスに、わざわざ横浜から来てくれるか?イケると思うんだけどなぁ。」
言って悪戯っぽく笑う賢太郎に、真嗣は真っ赤になる。
「ち、茶化さないでよ楢山君!!いくら自分が銀婚式でラブラブだからって」
「別に。ウチはウチ。何も変わり映えしないさ。」
「どうだか。娘さん3人独立して、これから抄子さんとイチャイチャし放題だって、内心喜んでるんじゃなーいの?!!」
「バカいえ。50にもなって……」
その割には、顔が赤くなっている賢太郎に、真嗣は盛大にため息をつく。
「あーあ。みんなほーんと、素直じゃないんだから。」
「……そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ。この金満弁護士。」
「なんだよ。鼻持ちならない公務員。」
皮肉たっぷりの賢太郎に、ベエっと舌を出しておちょくる真嗣。しかし、やや待って2人は盛大に笑う。
「持つべきものは、妻より同期の櫻。だな。」
「そんな事言っていいの?って言いたいけど、僕も……同感。」
*
「はぁー。やあっと買えた。あいつらどこにおんにゃろ…」
ちょっと味見とワインを啜りながら、藤次はフードコート目指しマーケットを闊歩する。
煌びやかな装飾。活気のある声。子供達の笑い声に路上ライブの小洒落た音楽。
何もかもが心躍り藤次の歩みも自然と軽くなる。
と、
「ん?」
ふとマーケットを見やると、華やかなデコレーションが施された、妻も子供達も大好きな苺のたっぷり乗ったショートケーキのクリスマスケーキ。
「頼まれてたんより大きいし、足出るけど、ボーナスも出たし、奮発するか!」
きっと絢音や子供達も喜んでくれる。
そう思い、藤次が店員を呼び止めようとしたら……
「サンタさん!!こえ下しゃい!!」
「!?」
ーー不意に足元から聞こえた声。 見下ろすと、自分のすぐ側に……2歳になる息子藤太(とうた)より少し年嵩のある男の子が、しわくちゃの2千円を差し出して、自分が買おうとしたケーキを指差していた。
ケーキについた値札は5千円。半分以上も足りない有様に、サンタ姿の店員は困り顔を浮かべている。
「サンタしゃん!!僕いちねん、良い子にしてたよ!そして、ママのためにこれだけ貯めたんだ!ママは自分のために使いなさいって言ってくれたけど、僕……ママにありがとう言いたいんだぁ!!」
「えっと……」
困り果てる店員と、瞳をキラキラさせる少年。
その光景を見て、藤次はキュッと唇を喰んだ後、その少年に歩み寄る。
「ボク?ちょお、ええか?」
「ん?」
小首を傾げる少年の掲げた2千円をそっと自分のコートのポケットに入れると、中に入れていた1万円札と交換する。
「なあにおじちゃん。これ、僕のおかねじゃないよ?」
不思議そうな顔をする少年の毛糸の帽子に覆われた頭をワシャワシャと撫でてやり、藤次はその場にしゃがんで彼と目を合わせてニコリと笑う。
「おじさんはな、マジシャンやねん。今のマジックで、ボクのお金はボクの願いを叶えてくれるお金になった。せやから、寒いよし、迷わず早よ買って、お母はんのとこに、帰るんやで?……メリークリスマス。」
そうして、瞳を白黒させる少年を店員に任せて踵を返した時だった。
「何がマジシャンだ。この大ホラ吹き。」
「ほんと、そう言う嘘つくのだけは、得意なんだから……」
「!!?」
ギクッと肩を振るわせ振り返ると……
「し、真嗣。楢山……い、いつから……」
背後にいた悪友達に一部始終を見られ真っ赤になる藤次の背を、真嗣は撫でる。
「ま。そう言う優しい嘘をつける藤次に、惚れたんだけどね。」
「全く……あんな景気良く大金渡して、どうすんだ予算。絢音さん達ガッカリさせるのか?」
「そ、そやし…」
しゅんと項垂れる藤次に、真嗣と賢太郎は笑い合い、財布からそれぞれ1万円札を取り出して、彼のコートのポケットに入れると、2千円を千円ずつそれぞれの財布にしまうので、藤次はハッと笑う。
「ホンマ、持つべきものは同期の櫻。おおきに。」
そうして、手にしていた……少し温くなったホットワイン片手に、3人は仲良く肩を並べて、それぞれの家族の喜ぶ顔を思い浮かべながら、雪のちらつき始めた光り輝くクリスマスマーケットを、楽しんだのでした。
ーーMerry Xmas❤︎
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