The rings

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信号が変わり、横断歩道で止まっていた人波が動き出し 僕らを乗せた車が進み始める 永劫の別れの場所へと 「でもよくウチの両親を説得出来たわね?その…凄く怒ってて…あたし勘当されてたじゃない」 …そりゃあ怒るでしょ…死別したわけでもないのに、嫁に出した娘が子供も連れずに一人で出戻るワケですからね… まあ、特に義弟が怒ってましたが バスの時間も終わり、客待ちのタクシーが数台しか停まっていないロータリーで、電車の時間まで車の中で暫しお喋りすることに 法律関係の仕事をしている娘を説得出来れば良かったんですがねぇ…ご両親と義弟君しか無理でした 「どうしてそこまでしてくれたの?あたし、皆を裏切っちゃったのに…憐れみ?情け?」 身体ごと運転席に向かい、僕を正面から見つめる形で追求がなされた まあ、そりゃそう思うでしょうねぇ… でも僕の答えは決まっていた 僕の妻は今後一生、貴女一人ですし、子供たちの母親も生涯貴女しか居ないワケですよ?その人をどうして見放すことが出来ると思います? 僕も元妻の視線を正面から受け止め、はっきりと言い切った、言い切ることが出来た …正直、こんなまともな台詞、噛まずに言える自信はありませんでしたが 暫く視線を絡み合わせたままだった元夫婦だけど、先に前を向いたのは元妻だった ただ、言葉少なに 「本当、お人好しで、バカね」 …同じようなことを冴香さんに毎日言われてはいるが…元妻なまで言われるとは意外だ 「じゃあそろそろ行くわ?帰りたくなくなっちゃう…だからコレ…」 彼女の右手が左手に伸びようとするのを僕は左手で制した 薬指のプラチナの指輪を外そうとしていたのは明白だから 僕の言葉、聞いてくれてました?その薬指の指輪は、僕の妻である証明ですから返却の必要はありませんし、名字を変える必要も無いですよ?貴女がそうしたければ仕方ありませんがね? 「良いの…?本当に良いの…?」 涙を湛えた元妻に頷いて、シートベルト越しではあるが、一度だけ力を込めて抱き締め 人目があるんだから仕方ないでしょ 幸せにしてあげられなくて本当に、申し訳ありませんでした そう耳許で囁き、愛車のエンジンを切り、後部トランクから彼女のスーツケースを下ろしにかかった 元妻も助手席から降りてきて、それを手伝ってくれた これが僕達夫婦が行なう、最後の共同作業だな、きっとお互いにそう思いながら 「じゃ、行くわ!」 そう言った元妻はスーツケースを押しながら、こちらを一度も振り返ることなく、駅のコンコースへと消えて行った 僕は一応、彼女のその後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから 後部トランクを下ろし、運転席に身を滑り込ませ、BMW製のツインターボエンジンに火を入れ、我が家へ向けてステアリングを切った
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