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もう忘れ物はありませんか?
ちょっと大きめのスーツケースを納めた愛車の後部トランクがバタンと、閑静な住宅街に一際大きな音を響かせた
「うん、身の回りの最低限の物は持ったから…何か忘れ物があったら、家具と一緒に送って?」
そう言いながらも妻は…元妻は名残惜しそうに我が家を見ている
「ダメ、色んな事思い出しちゃって離れられなくなっちゃう」
そう泣き笑いの顔を僕に向けて来た
確かに、色々とありましたよね…いえ、あり過ぎましたね
僕も同意し、殆どしたことのない、愛車の助手席に誘う
元妻のやや垂れ気味の目が大きく見開かれる
その視線の意味するところは…「其処に座って良いのか?」だろう
伊達に何十年も夫婦生活を過ごしてはいない
我が家の駐車場は横幅が狭く、基本運転席側からしか乗り降り出来ないのだ
お陰で?買いたい車種の絞り込みが大変ではあったが、家族でその相談をしたのも、今となっては良い思い出だ
僕にとっては別に問題はなかったのだが、どちらかと言うと潔癖性に近いウチの娘に、元妻の不貞がバレてしまったのだ
問題なしと言うと語弊があるが、別に家事が手抜きになるとかヒステリックになるとか、そんな事の無い人で、普通に近所付き合いもしてくれていたし、真面目に?パート勤めをこなしてくれていたのだから
少しの火遊びくらいなら…僕がそう思ったのは裏切りには慣れているから?
離婚に向けての家族会議で、子供たちから「父ちゃんは甘いしズレてる!」と厳しく叱責もされてしまいましたし
最寄り駅までの道すがら、敢えてゆっくりと走らせながら、出会ってから今日までの事を笑いながら話していました
神戸に引っ越して来た時、あまりの風の強さに驚いた事
越してきて一年半で娘を授かっている事がわかり、二人で大喜びしたこと
そして三年後には下の子、今度は男の子だ、を授かり、家族三人で大喜びしたこと
入園入学卒園卒業には必ず夫婦揃って出席していたこと、運動会や音楽会は勿論の事だ
僕は貴女と結婚することが出来て、この四半世紀、凄く幸せでした。まあ、僕は良い旦那さんではなかったと思いますが、貴女は僕にとっては出来過ぎた良い奥さんでしたよ
駅への最後の信号で停まった時、意図したワケではないが、ポロリと言葉が漏れていた
正直、冴香さんには聞かせられないが、これは僕の偽らざる本音だ
「そうかな?そりゃあ皆が嫌がる義両親との同居を何年かしたけど…二人で暮らしだした頃はほら、よくお料理失敗したり、貴方のプラモのパーツを間違えて捨てちゃったりしたじゃない?挙げ句に甘言に騙されて、家族を裏切っちゃったワケだし?」
僕の言葉にいつもと同様、ゲラゲラ笑いながら自身をサゲるのは…結婚当初とまるで変わっていない
対向車線から見える僕たちは、仲の良い夫婦、または恋人同士に見えていたことだろう
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