あなたの最愛の人は誰ですか?

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あなたの最愛の人は誰ですか?

「あなた、朝になりましたよ」  ベッドに眠る伍井(ごい)(みつる)の肌を、カーテンから透ける朝日と、琴のような妻の声が撫でた。  有名ブランドの布団は、充に極上の休息を与える。三十代の折り返しを迎えた今年に購入した、都内の新築マンションでの目覚めは、充の人生の勝利の象徴である。  充が身体を起こすと、旧帝大のミスコンを制した時と変わらぬ、端麗な妻の微笑みが瞳を潤す。妻の立ち姿を見て、出産を経験したと気づく者は少数派だろう。  旧友が、同僚が、先輩が、後輩が、妻を見る度に、彼らは自分の妻の偶像を、充の妻の隣に立たせる。そうすると、ある者は溜息をつき、ある者は眉をひそめる。  その度に、充は男としての極上の優越に浸る。才色兼備の化身であるこの女に、DNAをぶちまけたのは自分なのだ。雄の理想だけで構成された肢体を、産まれたままの姿で鑑賞したのも自分だけだ。 「朝食もできていますよ。あなたの好きなポタージュです」 「ありがとう」  デスクのスマホが光ったのが見えた。 「すまない。すぐに行くから、先に食べていてくれ」  妻はきょとんとしたが、すぐに微笑みを取り戻し、部屋を出ていった。  のっそりと立ち上がった充は、デスクのスマホを手にする。 「何だこれは」  違和感がすぐに襲ってきた。黒一色の背景に白い文字で、こう表示されていたのである。 『贖罪ゲーム』  充が液晶に触れると、画面が上に動いた。どうやらスクロールできるようだ。 『贖罪ゲームのプレイヤーには、右手首に腕輪がはめられています』  そこで充は、右手首の無機質な冷たさに気がついた。服をまくると、銀色の腕輪が太陽光を映していた。 「なんだこれは、いつの間に……」  腕輪は肌にピッタリくっついている。外すためのボタンや、繋ぎ目は見当たらない。  充はスマホをスクロールさせた。腕輪を外す方法が書かれているかもしれない。 『腕輪を正当な手段以外で外そうとした場合、中の毒薬が血管に注入されますので、ご注意ください』  充は生唾を飲んだ。
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