2人が本棚に入れています
本棚に追加
『清埜くんは確か、お母さんの実家に帰ったんじゃなかった? 両親が離婚したって聞いたよ』
『中学の卒業式の日、母親と会話してたの聞いたぜ。小虞丹町に行けば、もう大丈夫だってさ』
『今は志知って苗字だって聞いたよ』
電話レースの末、遂に有力な情報にたどり着いた。充は家を飛び出し、住宅地図を購入に走る。
住宅地図の購入から帰る頃には、妻も娘も眠っていた。それはかえって好都合である。
リビングのテーブルに地図を広げ、小虞丹町の志知家を探す。
それを発見する頃には、日付はとっくに変わっていた。しかし、これでも幸いな方だ。小虞丹町の住宅数は驚くほど少なかった。
ようやく見つけた、ゲームを終わらせるための最後のピースに、充は蛍光ペンでマルをつける。
「手間取らせやがって……あの陰気男が」
舌打ちと同時に住宅地図を閉じ、充は自室のベッドに向かった。
*
日曜日の曇天の早朝、充は車を走らせていた。
妻と娘とは会話していない。このふざけたゲームが終わったら、機嫌取りのためにケーキでも買っていけばいいだろう。
目的地に近づくにつれ、景色はどんどん古ぼけていく。コンビニもスーパーもない、発展という言葉から追放された地だ。
何が好きで、貴重な日曜日に、こんなしけた場所に来なければいけないのか。充は大仰に息を吐く。
志知家は山里にあるようだ。首都では見られないだろう、砂利道の急な坂を登る。折角の新車に傷がついていないだろうかと、充はヒヤヒヤする。
ぼうぼうと生える草木に囲まれた、木造の一軒家。住宅地図によると、大層貧相なこの家こそ、志知家のものであるらしい。
一応スーツを着てきた充は、ネクタイが曲がっていないかを確かめる。表面上は取り繕っておかねば、謝罪を受け入れてもらえないかもしれない。
外面を完璧に整えて、充は呼び鈴を鳴らした。
最初のコメントを投稿しよう!