1-1 潜入1

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1-1 潜入1

 たまらない熱風が、タイル貼りの外套にぶち当たる。耐酸マスクが、そろそろオーバーヒートを起こす頃だ。俺は頭上を見上げた。視界いっぱいに、マザーの白と赤の躯体が広がり、端までは見通せない。しかし、マスク越しにも感じる強いイオン混合化臭で、発艦までの時間がもう残されていないことはわかる。 「ちと、やばいかもな」  思わず弱気が溢れでる。俺はぶるっと一つ頭を振り、オーストリッチのハンドルバーを握り直した。レブ・カウンターはレッドまで振り切っている。あとは運任せか。そんなことを考えた瞬間、操作パネルが白く輝き、同時にオーストリッチが右へ鋭角に急旋回した。 「なんだ!」  腿を絞って、振り落とされそうな体を堪える。どうやらオートパイロットが外部からのアクセスで稼働したらしい。ご丁寧に新規目的座標まで入力されている。 「軍曹、軍曹、聞こえてる?!」  つづいて耳内通話管から、甲高い叫び声が響いてきた。これは直属の上司、トードー少尉の声だ。 「はいはい、少尉、聞こえてますよ。なんだってんです?」 「なんだも、ないわ。無事なのね」 「ええ、生きてますよ。おかげさまね。それで、この座標は?」 「いい、よく聞いて。マザー中央下のボートは全て回収されたわ。その外縁部の、昇降バケットも収容済み」  嫌な予感はしていたが、ズバリ当たるとやはりショックだ。 「それって、もう戻れないってことですよね」 「安心して、まだ手はある。とにかくその座標へ、一刻も早く向かって!」 「ここに何があるってんです」 「柱よ。マザーから伸びる接地柱がある。今あなたのいる地点から、一番近い柱がそこよ」  接地柱。あまりに巨大なマザーが、実際に星の地表面に降りることはない。マザーとはいつも宙に浮かんでいるものだ。しかしフラフラ動くことなく地表のあるポイントに自らを固定するため、マザーは躯体の底面に何本もの柱を持っていた。その一本に行けというのか? 「そんなところ行ってどうするんです。まさか柱を登れっていうんですか」 「そうよ。とにかく手はそれしかない。急いで! うちの課長がセントラルに掛け合って、今すぐにでも飛び立とうとするマザーをなんとか宥めているところよ。時間はもうない」 「わかりましたよ。じゃあ一度、通話用無管回路を切りますよ」 「気をつけて。こっちはモニターを続けてるから」 「了解」  俺は回路を遮断すると、オートパイロットもオフにする。前方には白い大きな円柱が迫ってきていた。要するに、あれの根元に行けば良いわけだ。俺はハンドルバーを握りなおすと、スロットを手前いっぱいに引き絞った。
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