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1-4 潜入4
「ハイダ、ハイダ軍曹。聞こえるか?」
若い男らしいが、声に俺の嫌いな粘った響きが混じる。移民局の連中への偏見もあるかもしれないが、どうにも好きになれない声だった。
「軍曹?」
「あー、すみません。聞こえてます。こちら護衛軍探索部第三課所属のハイダ・トール軍曹です」
「ああ、ハイダ軍曹。よろしく。私は移民局管理部二課長のオーツカだ」
「よろしくお願いいたします。オーツカ課長」
おいおい移民局の課長って言ったら、うちの課長をすっ飛ばして、その上、探索部部長のショーダ中佐と同格じゃないか。俺なんかのために、何でそんな大物が出てくるんだ。
「ハイダ軍曹。君の英雄的行為は探索部から聞いている。君のおかげで小隊全員が帰還できたそうだな」
「何も俺は……。ああ、それで小隊の皆は無事だったのですか?」
今日未明の事故を思い出す。アレは危なかった。俺は咄嗟の判断で、相棒のシスイ軍曹をボートの運転席に押し込み、外部からのエンジン点火で船を緊急発進させた。
確かに俺の行動がなければ、ボートに搭乗していた小隊は全滅していたかもしれない。まあおかげで俺自身の帰還が遅れ、今ここでこうしているわけだが……。
「小隊は君以外、八名全員が帰還した。全隊員が五体満足とまではいかんが、贅沢を言える状況ではなかったそうだな。治療部で療養しているものも多いが、まあ心配は要らんそうだ」
「そうですか。よかった」
「それで、次は君だよ」
「ええ」
俺の英雄的行動に感銘を受けて、この課長殿は出てきてくれたのか。いやいやそれはないだろう。一体何が始まるのやら。
「ふふふ、心配してるだろ。なぜスムーズに戻れないのかと」
「いえ、それは……」
「はっきり言おう。君がいるその部屋から、われわれマザー管理中枢の支配圏の最も近い場所まで、25公里以上離れている」
「25公里?」
これは想定外だった。この柱は丸々全てが、管理中枢の支配下にあるものだと思っていたのだ。しかしそれじゃあ、俺はどこを通るんだ?
「その部屋は、本当の例外だ。一体何のための部屋なのかはわからん。しかし穴場のようにそこにあった」
「そ、それで。俺はこの部屋にずっと?」
「それは無理だ。部屋には食糧や水がおそらくない。次、マザーが新しい候補星に到着するのは、運行局セントラルの予測では十ヶ月先だ」
十ヶ月。それでも早い方か。マザーが選ぶ候補星によっては数年かかることもある。しかしこの薄暗い部屋で十ヶ月を過ごすのは、確かに無理だ。
「では、どうしたら?」
「当然、柱の中を通ってもらうことになる。25公里進めば、マザー後部左エンジン群の一つ、下第7エンジンに入れる。そこの整備部の作業所から先は我々のエリアだ」
巨大な躯体を持つマザーを推進させるため、その彼方此方に大出力のエンジン群が配備されている。そしてそれらエンジン全てに、整備部の人員が働く部屋が併設されていた。柱の中を通ってそこまで行けということか。しかし……、
「しかし柱の中は支配圏にないと、おっしゃいましたが」
俺たちが所属する管理中枢の支配の外側。それはつまり、
「そうだ。柱の中は移民連合へ解放されている」
やはり……。それで移民局の課長が出てきた訳がわかった。この部屋から正規の手続きで移民連合のエリアへ入界できるとは思えない。不法入界しろと言うことか?
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