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【閑話休題】不幸ヤンキー、”狼”に振る舞う。
…なんだかいい匂いがする。
美味しそうな香りに目を覚ました心は、普段は閉めていたドアが開いていたことに気が付いた。自分が死のうにも怖くて死ぬことが出来ず、しかも親戚でさえも居ない彼女にとっての避難所がなぜ幸の家であったのかは自分自身でも疑問に思う。だが幸に初めて触れあって心を見透かした時、その時の幸のココロの印象が気になって仕方がなかったからかもしれない。
「ふわぁ~…、とりあえず、起きなきゃだ…」
伸びをしてから布団から起き上がった心は幸と哉太が選んでくれた淡い水色がベースの紺色リボンが付いたパジャマで部屋から離れ、階段を下りていく。
突然家に押しかけたのにも関わらず、優しく迎えられたのにも関わらず、そっけない態度を取り続けている自分自身にも嫌気を催していた。だがこの前の飛び降りの事件がキッカケで2人に気に掛けられ、数段優しくされてしまった。
…優しいのは嬉しいけれど、私のせいで夜のこと…どうするのかな?
普通の小学5年生が考えるには早すぎるのではないかと思うほどの疑問を抱きつつ、心はスンスンと匂いを嗅ぐ。そういえば、幸の家に来てからは2人の邪魔をしないように1人で食べていた。だが1人で食べていても、父親と食べる外食や惣菜などよりはとても美味しいなとは思っていた。階段を下り終えてリビングへ行こうとした時…ふと考えてしまう。
―それは普段から、この家に居候することになっていた時から思っていること。
「…幸君のごはんって美味しいけれど…、でも、私」
―2人の邪魔にならないかな?
「一緒に食べる気になった~? …こころ?」
「哉太君、ってなんで上脱いでいるの?」
ひょっこりと現れた哉太に心が驚きと共にツッコミを入れれば、彼は笑いながら心の元へ来た。おっかなびっくりしている心は普段は見せない哉太の真紅の瞳に魅せられる。普段より煌めいて、透き通るような瞳に視線を合わせられ硬直していると、哉太は得意げに笑うのだ。そして心の疑問に答えるのだ。
「俺さ~。基本寝る時、下着1枚なんだよね~」
「そうなんだ…、ふぅ~ん…」
しかし心が動かないのが自身の美しい肉体美に惹かれているからだろうと勝手に勘違いをする哉太は、自慢げな顔をしては右腕を上げてポーズを取るのだ。
「でも~、こころにとっては刺激が強いかな~? …俺はちゃ~んと鍛えているからさ~、この魅力的すぎるカラダというか?」
自信ありげに言い放っている一応、人間嫌いの変態狼に心はなにも言えずにいた。だが心は少し息を吐いては呆れたように言い放つのだ。
「そんなことより服着てよ。恥ずかしいし」
「え~、だったら余計に見せたくなっちゃうなぁ~?」
自分のカラダに自惚れている変態に心は深く息を吐くものの、率直な意見を伝える。
「…朝は冷えるから風邪引くよ?」
「こころ…。そんな優しい言葉掛けをしてくれるなんてお兄さん嬉し―」
「早く行こうと~」
「ちょっと待ってよ! こころ~?」
哉太の言葉を無視をして心はリビングへ向かうのであった。
心と哉太がリビングに来れば幸がせっせと朝食を置いていた。しかし驚いたのは心も来ているという事実であった。
「心ちゃん…来てくれたのか…!」
「…来ちゃまずかったかな?」
幸は驚きもあるが嬉しさの方が勝っていた。哉太と話し合い、『心と一緒にご飯を食べるにはどうすれば良いのか?』という作戦を練った結果、ドアを少し開けるのはどうかという意見が出たのである。少女だが異性であるので気が引ける気持ちもあったが、心はそのように感じていない風に思えたので幸は安堵した。
…心ちゃんの気が変わらないうちに!
一歩下がりそうになっている彼女の腕を引いて、幸は強引ではあるが彼女の…心の席へ着かせた。
「全然! ほら、早く席に着いてくれよ~」
「あ…うん」
「さぁさぁ!」
少し怖い目つきだがにこやかに笑いかける幸に心はゆっくりと頷いて礼を言う。ちゃんと喋るようになったのも自分が飛び降りようとした後からだ。
―でもその前から、幸や哉太はいつも自分に気に掛けてくれたことを心は知っている。
…2人にはお世話になっているから。ちゃんとお礼を言わないと…だよね。
その想いを心は席に着いた2人へ感謝を述べる。だが気恥ずかしさもあって顔を俯かせてしまうのは、どうしてだろうか?
「…ありがとう、ございます。その…いつも、あの。私を気にしてくれて…」
心の言葉に哉太と幸は顔を見合わせてから笑った。なぜ笑うのかは分からないでいる心ではあるので聞こうとするのだが、その前に幸が哉太に向けて一言。
「というか哉太さん。まずは服を着ろ」
「え~!? なんでよ~??」
「心ちゃんの目に毒だ。ちゃんと着替えてからメシ食えよ?」
「いいじゃん別に~、服を着るのあんまり好きじゃないし?」
「…本当に変態だな。あんたは」
「そんな蔑むような目で見る幸も俺は好きだよ?」
「…勝手に言ってろ、変態狼」
テンポの良い痴話喧嘩に心は初めは唖然とするが次第に肩を震わせていた。…大好きで尊敬している父親とは最近は仕事の話しかしていなかった。とても温かみさえも感じなかったなと今でも思う。だからこのような言葉のやり取りはとても新鮮で…温かさを感じた。
「…ふふっ。面白い」
哉太と幸のやり取りに心は少し微笑んだ。彼女のその姿に幸と哉太も安堵をしたように笑っていた。
―今日の朝食は塩サバにわかめの味噌汁、小松菜の和え物にご飯という家庭料理の模範となりそうなメニューであった。
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