1 神様と私 ④

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「ところがな、大体の幽世に属するような眷属は目が悪いんだ。精なんかは特に」  神様がするっと体を起こしてしまったので、幸紘は肩透かしを食らった。 「あんなはっきりと目とか耳ついてるのに?」 「そう見えてるのはあいつらを封じ込めるのにユキが既知の形を利用してるからそう見ているのであって、俺たちが見てる精の姿は光の粒の集まりみたいなもんだ。人型ってのは基本、神格を持ってる奴の特権なんだよ。そうじゃない奴は物理的な感覚器官を持たない。複数の情報を使った正誤判断ができなくて、感性だけで場を判断してる。だから本来戻るべき山と同じ気を持ったお前を間違える」 「それにしたって集まりすぎでしょ」 「里の神域は俺たちがいる関係であいつらあんまりいないけど、山の中に入ったらもうユキが動けなくなるほど居るぜ」 「そんなに?」 「里なんかは人工物が多い分、まだまだ少ない方さ。同じ気は俺たちだって持ってるんだけど、ユキと俺たちで大きく違うのは、俺達があいつらを腹の足しにすることだ」 「食われたくないのか」 「そういう意思みたいな高度な思考活動ができるかどうかは知らねえが、理不尽に消えたくないってのは理屈じゃねえだろ」  それはなんとなく幸紘もわかる。  どうしたいという意思も、生きる意欲もないが、だからといって強引な他者に自分の行き先を決められるのは何か怖い気がする。その先が消滅だとしたらさらに嫌だろう、と幸紘は眼前を横切っていく『それ』を見て思った。 「じゃあ、大祭のときに俺に飲まれたのは不本意だったでしょうね」  幸紘はそう言ったが、神様はしばらく答えなかった。 「神様?」 「あいつらの全部が全部そうって訳じゃねえよ。中にはユキの事が心配で、『命』を返した奴もいた」 「俺に?」 「少し前のユキは普通の人間なら心や体が壊れて取り返しがつかなくなるところまで疲弊してた。大祭の時もそうだ。ユキは制御しきれない『力』を行使するために『魂』を削ってた。四つの時に媛に襲われたときは生きるための欲とそれに繋がる『命』だ。ユキが精に困りだしたの、それぐらいだっただろ?」  言われて幸紘は思い返す。物心がついてすぐに瀬織津媛に襲われたインパクトであまりよく覚えていないが、光子に『それ』の存在を訴え始めたのは大祭以降で、それ以前で困った記憶はない。 「そういえば」 「たぶんあいつらは心配だったんだよ。だからずっとユキの前をうろついていたんだ。媛が欲を全部食っちまうと、人は死ぬらしいからな」 「なんか前に、そんなこと言ってましたね」  大祭の舞を練習している時だ。人から必要な分だけ刈り取るのを邪魔くさがった神様に対して、媛はそう説いていた。 「てっきり仕事の疲労で鬱になったから、何にもやる気が出てこないんだと思ってました。でも、まあ、よく考えたら幼い頃からこれといってなんか、自分から求めたものって無かった気がしますね。なるほど。あの時、媛が俺の欲を根こそぎ持ってったのか」 「根こそぎじゃねえけど、幼い分、原始的なところを結構やられた。精は大地へ還元されるエネルギーだ。だから山や川が荒れた時にそれを直すために反射的に還るように、お前がヤバそうな時はお前の体へ還ることで『魂』にエネルギーを与えてたんだ。それでなんとか今まで死ななかったんだぜ」  言われてふと幸紘は『それ』らの数が増減するときの状況を思い出す。確かに『それ』らは幸紘の心や体のバランスが崩れているときほど密集してきたし、そうでないときはあまり見かけなかった。  気遣ってくれてたのか、と考えると多少の感謝が沸いてくる。だからといって集合する得体の知れないクリーチャーを、はいそうですかと幸紘が受け入れられるかというと、すぐには無理だった。幼い頃から彼らの存在とそれを見る事ができる金の目には苦労してきたのだ。一朝一夕に目に入れても痛くないほどかわいい、とはならない。  神様は車のドアを開けて外に出る。幸紘も外に出ると、神様は車の天井部に頬杖をついて幸紘を見た。 「ユキの意識があるときは意思の障壁で精程度の侵入なら弾かれる。だが意識を失ったら違う。ユキが気が付いてないだけで、疲れて正体なく寝てるときには入れるところから体の中へずいぶん入り込んでたんだぜ」 「え、マジですか? どこから?」 「口とか……鼻とか……こう、かさかさっと」 「ぎゃー!」  これまで造形してきた数々が口へ入り鼻の穴を通っている姿を想像して幸紘の全身の毛穴が総毛立つ。神様は細い眉を八の字に下げた。 「それが嫌なら死なねえ程度に健康に生きてろよ。その怪我も早く直さないと、やつらが心配して寄ってくるぜ」  神様がそう言った目の前を、人の腕を二十本近く持ったクラゲ様の『それ』が一つ、彼らの様子を伺うようにふわふわと漂って行った。
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