2 厄虫騒ぎ ①

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「ユキ、あれ媛に食わしたの? えげつないことするな」 「駄目でした?」 「淵上は山と水の土地だ。そこに在る神や精もその系統の性質を持ってる。そして水は『陰』の気に属する」 「『陽』の気とか『陰』の気とかは『清』の気とは関係が?」 「『清』の気は種類のラベルのようなものだ。人間社会で言うところの魚とか人とかっていう。陰陽は人間社会で言うところの性別のラベルのようなもの。人は一般的に男が『陽』で女が『陰』の気を持つと言われる。が、その逆がないわけじゃない」 「ものすごいわかりみ。あいつ女じゃないですもん」 「そのあたりは敢えてコメントしねえけど、まあ一般的な人よりも強めの『陽』気持ちってのは間違いない。陰陽はどちらにしても通常は『器』に満ちる程度しか強くならないから、他に影響を与えることはない。でもこの地域では特に、『器』を越えるほどに性質が強い女が時々現れる」 「へえ」 「その気が宿ってる食いもんを食うって事は、このあたりの奴らにしてみればちょっとしたゲテモン食わされてるのと同じなんだぜ」 「悪いことしましたね」  幸紘はしれっと言う。神様には申し訳ないとは思ったが、瀬織津媛に同情はできないので、言葉にはまったく感情はこもっていなかった。むしろ二日酔いを治してやったのだから感謝されてもいいくらいだとすら思っていた。 「『陽』の気は肉体って防護境界を持った相手には春の陽だまりみたいな暖かさを与えるけど、御霊がむき出しの存在からしてみれば溶鉱炉みたいなもんだ。だからこのあたりの精は加奈子の側には近寄りたがらない」 「神様は?」 「俺は一応実体持ちの神様なんでね。加奈子の今のレベルじゃ低温火傷程度も無理だ。加奈子の方は俺が姿消してるときに気配を感じるぐらいはできるんじゃねえかな」 「それでさっきなんか見てたんですね」 「加奈子が媛くらいになったら、俺だけじゃなくて大概のものは焼き尽くせる類の性質だけど、自分じゃ気づいてないからそうはならないだろ。それに神でもそういう奴はこの国で一柱しか知らねえ」 「誰です?」 「天照大御神」  電子レンジがチン、と小さく終了の合図を出す。神様はナポリタンの入った大皿様の容器を机の上にのせると、大容量のタバスコを冷蔵庫から取り出した。プラスチックのフォークを二つ差し込んだパスタを挟んで神様はベッドサイドに腰を下ろす。 「食おうぜ」 「ちょっと待ってください。そのタバスコは?」 「パスタにはタバスコ派。すっぱ辛いの大好き」 「パスタには粉チーズでしょう。胃が荒れます」 「胃は筋肉だ。鍛えりゃ強くなる」 「強くなる前に死にます。一緒に食べるなら今回は勘弁してください。ほんとに、お願いします、神様。食事、ちゃんとするって約束しますから」  幸紘の顔を神様は口先をとがらせて見た。 「ほらまた。『まじない』使うの……ずりぃだろ。俺、神様なんだぞ」 「教えていただいた事は実践しないと。いただきます」  神様は不承不承への字にした口で味付けのないパスタを吸い込む。幸紘は丁寧に手を合わせてその反対側からフォークにパスタを巻いた。
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