2 厄虫騒ぎ ③

2/3

25人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
 名を暴き、形に閉じ込めて、永遠に綺麗なまま、自分の側に捕らえられていればいいのに、と。そうすれば自分以外の誰かと気安く話すことも、彼の自由意志で離れていく事もない。  だがすぐに頭を軽く振って幸紘は凶暴な妄想を振り払う。踏み込むだけで石畳を全部浮き上がらせてしまうような『力』を持つこの神が、人間ごときの手の内に収まってくれるとは到底幸紘には思えなかった。第一、それを願うには幸紘はあまりにも『力』不足だという自覚はあった。 「いいじゃねえか。魚か神様で。よし、今日は買い物だ。決定」  神様はがばっとスウェットの上下を脱ぎ捨てる。黒いビキニ一枚の、輝くように白い裸体が幸紘の目の前で顕わになった。  人間はもちろん、同性になどまったく性的な興味が無い幸紘をして惚れ惚れするような造形の肉体だった。骨格や筋肉が大柄という訳ではないがしっかりと作り上げられ、肉の付き方も主張しすぎない程度に理想的な比率となっている。緩んだ所は一つも無いのに、ボディービルダーのように堅く張り切った筋肉が余計な自己主張する感じもなく、筋肉を薄らと覆う脂肪ののり方が野生の獣を思わせるほど滑らかでしなやかな雰囲気を醸しだす。左の手にまだ残っている刃物傷以外、白い肌にはまったく傷も黒子やシミといったものもなく、体毛の一つも見られない。完全に男の体なのに幸紘には非常に婀娜っぽく映る。幸紘は喉元にこみ上げる興奮をぐっと飲み込んだ。  『力』が、欲しい、と幸紘は改めて思う。  『それ』らを完全に封じ込めてしまえる『力』が、神様のこの美しい姿を造形の中へ留め、守り抜くための強さが、ほしい。そんな事を思う幸紘の中で、ダイニングテーブルの上に置かれた締め切りが過ぎた神職養成通信講座案内のパンフレットが存在感を誇示していた。  神様の体は見る間にアンダーシャツに覆われ、その上を外出用のアウターが覆っていく。魔法少女の変身を見るようだった。ただし最終的にできあがった姿はパーカー付きの野暮ったいトレーナーにジーンズである。裸体のラインが完璧だっただけに、それを覆う衣装の残念さに幸紘の顔が素になった。  じっと神様を見つめる幸紘の視線に、神様が怪訝な顔を見せる。 「なんだよ」 「服のセンス、とは?」 「ユキに言われたかねえぞ。箪笥の中見てみろ」 「箪笥……言い方」  神様に言われて幸紘はゆらりとワードローブに近づく。中を開けてぱっと見たレパートリーは外出着らしいのはくたくたになったジーンズと色落ちしたトレーナーが二、三着と、それ以外は仕事で着てるアンダーシャツと作業着と、家で着倒してるスウェットとジャージしかない。上着はそれなりにあるので、結局似たような服装を無意識に上着で誤魔化していたのだと幸紘は気がつく。確かに人のことを言えた義理ではなかった。 「服、買いに行きます?」 「ユキのな。俺はファッション雑誌!」  神様が吠える。仕事でも使っている伸縮性の高いヒートテックのアンダーシャツを着ると、ジーンズに足を通し、腕がかなりダブッとしているショート丈の濃いめの色のウールコートを羽織った。  二人揃って部屋を出て階段を降り、家を出る前に一階のバスルームで幸紘は顔を洗う。髭は生えたことがないので剃ったこともない。白くつるりとした顔に水を滴らせて顔を上げると、濡れた前髪の隙間から神様と鏡越しに目が合った。暫くじっと見ていたら、神様がすいっと視線をそらす。 「ユキ、磨きゃ光るんじゃねえの?」 「興味ないですね」 「(つがい)、欲しくないの?」 「番……言い方。人と居るの、苦手なんですよ。目を合わすのが、特に。キモチワルイでしょ。黒くないし」 「俺は綺麗だと思うけどな、金色」  何気ない言い方だったが、神様からのその言葉が幸紘は一番嬉しかった。胸の内が暖かくなって、口元に自然と笑みがこぼれる。幸紘はタオルでしっかりと水気を拭うと、くるりと振り向く。低い声で、穏やかな口調で、神様とすれ違いざまに耳元へこそっと囁いた。 「あなたにそう思ってもらえるなら、それだけでいいです。行きましょうか」
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加