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玄関を出て駐車場へ向かって二人で境内を歩く。
本日も休日だというのに石畳は突貫工事中だった。赤石建設と書かれたミニショベルと年配の石工の計三人で一生懸命にモルタルをひき、浮き上がった御影石を一枚一枚張り直していた。
「全部浮き上がるほどの衝撃だった割に、破損したやつはあまり無かったそうです。でもびっくりしてましたよ。どうやったらこんな綺麗に全部浮き上がるんだって」
「殴る前に足元踏みしめたらそうなる」
「神様が踏みしめた直下の石が粉々だったのもびっくりしてました。何が落ちてきたんだって」
大祭の日の、ごくごく局所的で震源が浅くて時間が短い割にはマグニチュードは大きかった地震は、気象庁でも把握できない謎として三、四日間ほど地味に地方のニュースを騒がせていた。幸紘が炎症の熱で寝込んでいた日に地方新聞社の取材も来たらしい。浩三が対応したが、隕石が落ちてきたのではないか、と答えたと夕食時に光子からは聞いた。神社が再開した暁には厄除け希望だけじゃなく、SF探索系の人たちもくるのだろうなと、幸紘は思った。
「幸紘」
石鳥居の前を歩いていると随神門前からでっぷりした作務衣姿の浩三が息を切らして手を振ってきた。
「出かけるのか?」
「買い物に」
「ちょうど良かった。ホームセンターでもどこでもいいんだが、ちり取りと箒を買ってきてくれないか? 古いやつがもう駄目だ」
「また大掃除でもしてるの?」
「神道とは常に清めとともにある。参拝者がこないからこそ普段手が回らないところまで手入れしておくのは基本だ。あとは工務店さんにお配りするコーヒーを四箱買ってきてくれ。二四缶入りの奴だ。ここで飲む用の分と石工さんそれぞれにお渡しする分になる。地元の為にと休日返上で引き受けてくださってるんだからな。領収書は淵上神社でも厄神さんでも水神社でもかまわん」
幸紘は軽く肩をすくめてちらっと神様を見た。
地域貢献とか、地域愛の結果みたいな美談として語っているが、とにかく早くしてくれと浩三がせっついたに違いないだろう、と幸紘と神様は口をへの字にして無言で視線を交わした。
「頼んだぞ」
それだけ言い残して浩三は随神門の内へと戻っていく。軽いため息とともに幸紘は見送った。
「親父には見えてないんですね」
「そのはず。今は姿消してたし。でもよくわからんのだよな。あいつ、何かに夢中になってるときは人間でもガン無視するからな」
「俺の左腕がまだギプスに巻かれてるのに四箱買ってこいとかもね。どうやって持って帰ってこれると思ってるんだろ。完全に忘れてるね。いや、忘れてると思いたい。忘れてないのにそれを言うとか、どんだけ冷たい親だよ」
「そのくせお務めの際に八幡の爺さんと話したりするんだぜ。かみ合ってるようでかみ合ってないけど」
「それ話してるんじゃ、ないんじゃ」
「独り言かぁ。かもなあ。そういうところあるもんな、浩三」
二人はふうっと同時にため息をつく。もう一度顔を見合わせてから軽く笑って駐車場へ向かった。
車の座席に乗り込み、シートベルトを付ける。
「どこ行く?」
「いつものスーパーでよくないですか?」
「わかった」
神様はキーを回してエンジンを掛けた。
助手席でぼんやりと前を向いて座る幸紘の脳裏では、はつらつと働く浩三と彼が提示する未来へのパンフレットが存在感を増していく。
『力』は欲しい。
ただそれを得るために父の申し出を受け入れると、もれなく翔と同じ地獄を辿るルートが待っているのもわかっている。
どうすることが正しいのだろうか、と幸紘は迷う。
浩三から与えられながら、拒否し続けた未来が、自分に向いているとは思わない。だが神様に近づくためにはそれが一番正当なルートなのは間違いない。神様がそれを喜んでくれるなら、それでずっと側に居られるなら、我慢できるのではないだろうか。嫌いだった金の目を、好きになれたように。
そんな淡い救いを求めて幸紘は神様に尋ねた。
「神様は……俺が神社を継いだら、嬉しいですか?」
車が静かに走り出す。
神様に先ほどの問いかけは聞こえているはずだった。だが彼は前を向いて運転するだけで、答えてくれることはなかった。
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