2 厄虫騒ぎ ④

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 ぱしゃん。  しばらくポットの上に手を翳して何事か呟いていた神様はそれを扉の隙間からそうっと廊下へと出す。すぐに虫が動き出す気配と活発な羽音が幸紘の耳には聞こえてきた。 「で?」  ようやく顔のほてりが収まってきたので幸紘は神様に尋ねた。 「ユキや俺の気が含まれた血はなんでも引き寄せる。精もそうだし、魑魅魍魎も、もちろんこの厄虫もな。神格のないあの手の類いは基本目が悪いから、ポットの中身に血を落としたら間違えて集まる」 「だったらどうして神様の血を使わないんですか」 「俺の血は神格がついてるからだよ。警戒されちまう。そこにはユキの血っていう餌だけでなく、俺の唾液が入ってる」 「唾液はいいんですか?」 「それくらいならな。俺の体液に宿った神威で水界の結界の呪を張って一方通行の路を作った。出口は媛の部屋」 「あのポットに入れたら媛の部屋にも入れるんですか?」 「入りたきゃ桶サイズで作ってやるよ。おすすめしないけど」 「じゃ、いいです」 「あとは酔っ払いがまるごと飲んでくれるだろう。大祭以後、盆と正月か一緒に来たような生活で大喜びだな、媛」 「癖、悪いんでしょ? 大丈夫なんですか?」 「本殿の中にいる限りは……とは、思うけど」  神様はくるっと幸紘と加奈子に背を向けると、がららと窓を開けて片足を掛けた。 「俺は媛のところに行ってくる。どんだけ喰わせてもいいだろうけど、出元をなんとかしなきゃきりがねえし」 「なんとかなるものですか?」 「そういう呪的なちょろまかしはあいつの得意分野。気配が消えるまではそこで待機な」  ぱしゃん。  去り行く挨拶の代わりに軽やかな水音を幸紘にだけ残して、神様はひらっと窓から外へ飛び出していく。幸紘はいつもの通り見送ったが、加奈子は顔を引きつらせて声なき叫びを上げた。暫くは耳を塞いで身をこわばらせていたが、そうっと神様が飛び出した先へ様子を見に行く。幸紘にしてみれば当然のことでしかないが、神様の姿はもうどこにもなかった。  加奈子がきょろきょろと窓の外のあちこちに視線を走らせる。覚えのある動きだな、と幸紘は後ろ姿を眺めた。そうやってひとしきり現状確認してから、ゆらーりと加奈子は振り向いた。 「お兄ちゃん……説明してくれる?」  目が据わっていたが、口元は好奇心のために不気味に緩んでいた。幸紘は加奈子から感じるキモチワルサに視線を逸らした。  説明と言ってもどこからしたものか、したところでどこまで正確に素直に理解してもらえるものだろうか、と幸紘は考えてどっと疲れる。神様はその面倒を全部押しつけて結果的に加奈子から体よく逃げたのだ、という事実に思い当たって幸紘からは大きなため息が出た。
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