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「だけど急な病で死んでしまったんだな、お祖父ちゃん。寿命とかは神様が決めてるわけじゃないんですか?」
「神格とは別に、神位ってのがある」
「違うんですか?」
「神職だって階位と職位ってのがあるだろ」
「浄階、明階、正階、直階と宮司、禰宜、出仕ってやつですよね。あんまりシステムがわかってないんですが」
「階位が能力で、俺たちでいうと神格だ。職位が役割で俺たちでいうと神位になる。神職の階位と職位が大体一致するように、神格と神位ってのも大体一致するんだが、人間世界と違って例外もないわけじゃない」
「瀬織津媛とか?」
「そうだな。あいつだけじゃなく、格だけが高位の神に匹敵するほど高いやつはぽつぽついる」
「いるんだ。それもぽつぽつって……」
「幽世ってのは、そういうもんなんだよ。現世よりも不安定な要素が強い。寿命とか、運命とか、そういうのは神位の管轄だ。俺たちよりももっと高位で、幽世の彼方、いと高きところに御座す神々とかいう奴らが決めてる、らしい。俺もそのあたりのシステムはよくわからねえ。下っ端だからな」
「神様は下っ端なんですか?」
「中津国、つまり今いる世界のことだけど、そこいらで見かける神なんてのは、神職の職位でいったら禰宜や出仕程度の話だ。そのランクでは運命なんてどうなってんのかなんか知るよしも無いから、命の長さは生まれたときにはすでに決まってるもんだって認識なんだよ」
「じゃあ、叔母さんの病がよくならずに、このまま亡くなったら、それは寿命ですか? 叔父さんの行為に対する八幡さんの天罰じゃなくて?」
「天罰だとか、異常気象とか、そういう伝達の方法論ってのは俺たちからしたら最後の奥の手であるべきでさ。それだって結果的に人を殺すこともあるが、基本的に人を殺す目的でやるわけじゃねえってのが前提。やるからには制御ができないだけで。願わくば神の意図を理解した上でみんな逃げ延びて一人も死ななけりゃそれに越したことはない。俺や八幡の爺さんはそう思ってる方だ。だから原則、何らかの厄災がなければ寿命は定められた長さで終わるもんなんだよ。だけど現宮司の嫁さんは別だ。あれは厄虫に呪われてる」
「癌になったのも?」
「淵上の地に生きる程度の神じゃ、生き物がどんな定めに生まれ死んでいくのかなんかわからないから、どの段階から厄虫が干渉してるのかは俺らの誰も知らない。八幡の爺さんが気がついたときにはもうかなり大きな厄虫に取り憑かれてたらしい。だが八幡の爺さんは基本的に人には直接干渉はできねえ」
「媛も、そう言ってましたね。八幡さんは神が強い力を持つから感情にまかせて人に干渉してはならないって禁忌で縛ってるって」
「守護神ってのはいろいろとやっかいらしい。神が存在を誇示した結果、それに祈りを捧げた多くの人々を殺してしまった歴史的経緯がいくつもある。俺も八幡の爺さんも人の生き死ににはできる限り関わらないほうがいいって今は思ってる。媛は昔っから考え方が逆だ。人の奢りに神の力でオトシマエ付けて何が悪いって思ってる。結果的に人が死のうと生きようとな」
「迷いがないですね」
「もともと純粋な神性ってのはそういう存在なんだろうよ。良い神とか悪い神なんて端から居ねえ。みんな自分の正義があって、その正義に売られた喧嘩は基本買うってだけだ」
「ヤクザっすか?」
「似たようなもんだ。長く生きるほど、好きだけじゃ、守りたいだけじゃ、指からこぼれ落ちてしまうことがたくさんでてくる。八幡宮の今の宮司がそうだったろ。時の流れなんてのはそれくらい残酷で非情だ。それでも信仰に支えられ、各の正義を背負ってる限り、神の膝は折れねえんだよ。だから俺たちは常に覚悟を決める」
「覚悟?」
問う幸紘に神様は再び視線を向ける。その瞳は変わらず慈愛に満ちていたが、少し寂しげにも見えた。
「約束って『まじない』のさらに強化呪だ。人に対して与えるんじゃなくて、自分に対してかける。負担は大きいが、その分効果も大きい。成功しても失敗してもな。その際、覚悟を支えるのは、誰かのためなんてきれい事じゃない。まず自分がなにをするか、なんだ」
「だから俺に、望むことをしろ、って言ったんですね」
ヒロとして生きるな。誰かのために、神様のために、好きだから、嫌いだから、そうやって自分以外を理由にするなら、人生で責務を負うとき、必ずその重さを前に後悔することになる。神様はそう言いたかったのだ。
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