4 狭間に立つ者 ①

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「発展とは言いますが、扶桑ヶ原中心の造成工事は、ここ数年動きが鈍っているって話じゃないですか」 「そんなことは……ないよ」  赤石は低めの声で抑揚なく言った。 「ええ。あなたの会社の関係者からはそう聞いてます。宝山市の中心は都市部へ繋がる幹線道路との兼ね合いでどんどん発展し、人口の流入も少しずつ増えているって。だからそれに伴う住宅地の造成も広がっているんですよね。実際はそうじゃないのに」 「なにを、根拠に」  赤石は少し苛立たし気に鼻であざ笑う。幸紘も小さくはっと返した。 「根拠ですか? 知り合いがあなたの造成地で働いているんですよ。彼によると活発だった宅地造成がここ最近になって動きが鈍ってきてるって。それに造成地に家が建ってますが、入居者を募集している広告がうちにもひっきりなしに入ってきてますよ。価格を下げてね。造成したまま歯抜けのところもある。立地条件はいい場所だ。本当に人口が順調に右肩上がりなら、入居者を募集なんてする必要はないんじゃないですか?」  赤石は黙る。その顔からすうっと作り笑いが消えた。白い仮面が剥がれて、幸紘の目には得体の知れない真っ黒な闇が広がっていくように見えた。同時に彼の周りに溢れる厄虫の羽音が殺気じみた高まりを見せ始めた。幸紘は心の内で来るなと強く威嚇をした。だが厄虫の圧がじわじわと幸紘に迫ってくるのを感じていた。ここでも自分の力のなさが幸紘は悔しかった。  だが、引かない、と幸紘は『覚悟』する。  この男はこの土地を、神様の源を害する敵だ。それを追い払う『聲』という『力』を持つのなら、幸紘は命を賭しても退ける。それが幸紘にとっての正義だった。 「人口は増えていない。みんな言っていることです。周辺僻地からの移住はあっても、市全体の人口は横ばいか微増らしいとか、公的に人口施策をてこ入れしないと減る一方って。でも市がそういった施策を講じている様子はないということは、扶桑が原の住宅造成は官民の計画的な施策では無い。あなたの無計画な開発は早晩頭打ちになるはずだ」  厄虫が一斉に幸紘に照準を定める。幸紘の中の獣も威嚇の咆哮を上げ、双方の間に見えない緊張が走った。 「そこで淵上に目をつけたんじゃないですか。八津山の整備事業を請け負っているのも、うちの修繕を担っているのも、あなたの息が掛かった会社ばかりです。作業の合間に調査もしたはずだ。淵上は平坦な田地と豊富な水、日当たりが良い南東向きの斜面という立地で、人口が年々減る一方の過疎化地。これまでのように扶桑が原の造成地へ僻地から人口を意図的に移動させれば、造成地は無駄にならないし、早晩村は誰もいなくなって開発が容易な山野になる。大規模な工業用地として利用するにしても、大型発電施設を作るにしても、次の金を生み出す魅力的な新天地だった。営業利益が落ちた状態では、大量の重機も、多数の従業員も、会社運営に伴う現状の経費を維持するのは大変だ。いろんな所への派手なお付き合いも何かと物入りでしょうしね。使い込んだ学園の運営資金の穴埋めは、淵上の開発事業でなんとかするつもりだったのでは?」  赤石のブラックホールのような不気味な顔が、歪んでいく。厄虫がその暗い穴からあふれ出して、彼の周りを渦巻いていった。 「……どうやら君は、お父さんが思っているよりもずっと利口なようだ。口うるさいだけの妹より、よほどいろんな事を俯瞰して見ているらしい。だが知っておくといいよ。利口すぎる若者というのは、この国では嫌われてしまうものだということをね」  赤石の口元が赤く裂けていくように幸紘には見えた。だがやはり怯まなかった。ここで怯むくらいなら、覚悟などしない。覚悟など、できない。  幸紘の内で獣が吠えていた。守るためなら牙を剥けと、前に進み、手を伸ばし、つかみ取れと、全て排除してみせろと命令する。  そのために『聲』はある。一切の障壁を無力化し、薙ぎ払う『力』だ、と。  体を低く保つ幸紘の喉仏がゴクリと動き、全身が震える。凶暴な野生の本能が幸紘の無意識の領域で『力』とともに目を覚ます。その口から咆哮の呪いが力を貯めて、放たれる瞬間を待つ。  厄虫が一つの意思を持った厄災の塊となって赤石を包み込み、幸紘に対する悪意を込めて襲いかかろうとする。幸紘は大きく息を吸った。
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