1 神様と私 ③

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「ところでさ、昨日聞きそびれたんけど、すごい気になったことあるのよ。いい?」  畑中が両手で缶コーヒーを包み込み、急に神妙な顔で幸紘との距離を詰めた。幸紘はちびっとプロテインバーを囓る。 「はあ……なんすか?」 「昨日の朝、コンビニで一緒だった人、誰? あの厳ついくらい薄い細眉の、つるっつるのスキンヘッドの人」 「誰って……」  神様である。  昨日、朝食を買いに立ち寄った早朝のコンビニで神様と幸紘は畑中にばったり出会った。その時の店の中にはレジと検品中のコンビニ店員二名と畑中しかいなかったのだ。  一八五センチのぬぼっとした猫背のギプスつけた目隠れ陰キャの前に、季節外れのクリスマスカラーファッションをキメた見事なスキンヘッドの中年という組み合わせは、辺鄙な地方都市ではなかなかお目にかからないステゴロ上等の舎弟感を出していた。二人はコンビニにいた人々の視線を釘付けにすると同時に、引きつった顔をちょっと強めのATフィールドとともに向けられた。神様はまったく気にした様子もなかったが、幸紘はそのときの居たたまれなさが忘れられなかった。 「……親父の知り合い」 「あ、宗教関係の人?」 「え、あ、まあ……」  人ではないが確かに宗教関係者ではある。神様なのだから嘘ではない。詳しく説明しても理解してもらえないだろうとは思ったので幸紘は畑中の誤解を敢えて訂正しなかった。 「送り迎えしてもらってる?」 「この腕ですからね」  幸紘はギブスに包まれた左腕を軽く上げて、先っぽだけ出た、まだ赤みを残す指を軽く動かす。 「痛い?」 「多少は。土曜日は最悪でしたよ。高熱が出て。幸いひいてくれましたけど。今まで骨折なんかしたことなかったから、初日はナめてかかってていろいろ後始末のために動き回ってましたからね」 「うん。電話の声は割と元気そうだったから、こんな重症だとは思わなかったわ。人によってはすぐに反応が出ないことがあるのよね。運動不足の筋肉痛とか」  畑中はたはは、と笑って缶コーヒーを口にした。 「あの人、昨日は朝送って、帰りに迎えに来てたわよね。昨日、遠野君帰ったの何時?」 「一九時っすね」 「あたしが一七時の定時で上がった時にはすでに駐車場にいたけど、お寺さん、暇なの? それから少なくとも二時間近くそこにいたってことよね。もしかして昼間もずっとそこに居るの?」 「それは無いかと」 「昼間なにしてるの?」 「えー……っと、昨日は、買い物、かな? 今日も、たぶん……家電屋に、冷蔵庫と電子レンジを買いに」 「え? 何? 一緒に暮らすの?」 「いや、あの、俺の部屋に置くんす。前から置こうとは思ってたんっすけど、買い物行く暇無くて。俺のギプスとれるまで身の回りのことしてくれるらしいんで、ちょうど良いから頼んでて」 「送迎以外に身の回りって、何して貰ってんの?」 「着替えとか……風呂、とか?」 「風呂?! あんた父親の知り合いにどこまで世話させてんの? っていうかあの人、いくつよ?」 「さあ……免許証の年齢は五〇代でしたけど」  そう言われて考えたことがなかったと幸紘は気づく。神様なのだから神代(かみよ)の昔から神様やってるのだろう、くらい漠然に考えていた。年齢はおろか、そもそも神の外見がどういった条件でいくつくらいに見えるなども考えたことがなかった。  畑中は目を丸くして大きな声を出した。 「ウソだあ。あんな若い五〇代いないわよ。ホウレイ線もなけりゃ、笑い皺もないじゃない。首のラインのきれいな事。お肌だって黒子(ほくろ)一つもなくって白くてつるっとしてたしさ。せいぜい三〇過ぎでしょ」 「細かいところ見てますね、畑中さん」 「なかなかインパクトのある人だったからねえ。あの頭だけじゃなくてさ。よく見たら男前っていうより、綺麗目じゃない? でも毎日遠野君の送り迎えに日がな一日を費やせるなんて、お寺さんっていい商売なのね」 「本業の具合がどうかなんて知りませんけど、たまに日雇いで扶桑ヶ原の造成工事とかでバイトしてるみたいっすよ」 「造成……ああ、赤石建設とその系列不動産屋がやってるとこ? 人口増えやしないのに、どうするのかしらね」 「あれ、赤石建設だったんだ。うちの修繕もそこがやってくれてますよ。来てるのは下請けですけど。割増でもいいから休日突貫で仕事してくれるところがそこしかなくて」 「普通はここんとこの働き方改革で休日勤務ってよっぽどじゃないと敬遠されるからね。赤石建設ってここいらでは一番大きい会社でCMも大々的に打ち出してるから、淵上神社の施工実績なんか効果抜群で二つ返事じゃないかしら。現会長、未だに経営に食い込んでブイブイいわしてるみたいよ。外向きにいい顔するの大好きらしいし」 「そうなんだ」 「あたしのママ友界隈では結構有名よ。旦那が関連会社にいたりするから。今の社長になってからはコンプライアンスをできるだけ守らせようとしてるみたいだけど、前社長だった会長はとにかくやれ、一円でも安くやれってタイプらしいわ。よく言えばエネルギッシュだけど、悪く言えばワンマンよね」 「まあ大きい会社って事は、そこまでトップのアクが強くないと維持していけないのかも知れませんけどね」  幸紘はプロテインバーの端っこをかりっと囓る。 「ところで遠野くん」 「はい?」 「造成地で働けるってことは、その人、けっこう免許も持ってらっしゃる?」 「フル免許なんて初めて見ましたよ。リフトも玉掛けもクレーンもあったから、関連業界で働くんだったら、どこでも大歓迎でしょうね」 「そりゃうちでも魅力的な経歴だわ。就職しないかしら。配送の運転手も土場のリフトマンも常に人手不足で募集中なんだけど」 「しないでしょう。本業が……あるせいか、根無し草なんだそうっすよ。ヘルプくらいはしてくれるかもしれませんけど」  ははは、と乾いた幸紘は乾いた笑いで誤魔化した。
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