1 神様と私 ④

2/3

25人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
 車が神社の駐車場へ入る。口を開けたガレージの中へ頭から車を停めて、神様はエンジンを切った。ライトも消えてしんと静かになった真っ暗な空間で、幸紘は右肩にこつんと神様の額が当たるのを感じた。ほんの少し、一瞬だけ幸紘の心拍が跳ねた。 「あいつらがユキを慕うのは、お前が『清』の気を持つ御霊だからだ」 「セイ……のキ?」  幸紘はちらっと神様を見る。暗いのと角度のせいで顔はわからなかった。 「山の中でさ、人がまったく足を踏み入れてないような場所行くと、こう、なんか清々しい感じってあるだろ? ああいう感じの気配のこと」  そう言って神様はすりっと腕に額を摺り寄せる。右腕にかかる重みが増す。彼の体の緊張が少し解けて、体を預けてくれているのだとわかって幸紘は嬉しい半面、心の中がどうにもソワソワして落ち着かなかった。 「『清』の気は『命』が戻る先と同じ感じがするから、生きとし生きる万物を引き付ける。媛がお前に目をつけたのもきっとそのせいだ」 「神様、も?」  「うん。特にお前の『魂』は、すごく、心地いい」  最後は消え入りそうなほど小さい声でぽそりと呟く。  声のトーンが彼が人として生きるために纏っている『五〇代ハゲ、気難しい大型車両使い』なんてペルソナに完全に不似合いなほどに可愛らしくて、幸紘のソワソワした胸の内が今度はゾクゾクと震えてくる。その声で「魂が気持ちいい」なんて最深部レベルの完全肯定をされると頭の中が嬉しさで煮えたぎる。  暗がりに慣れた目が白い項を捉える。  触れてみてもいいだろうか、と大祭の時にも抱いた願望が再び幸紘の胸の内に湧き上がる。左手は不自由で、右手を動かすのは神様が寛いでいる関係上躊躇われた。唯一自由になるのは首から上しかなく、滑らかな頭頂にゆっくりと顔を、唇を寄せる。水に親しい花の清々しい甘みを帯びた香りが鼻腔をかすかに抜けていく。視野がくらくらと揺らぐ。心臓の音が聞かれたら恥ずかしいと思うほど早く強く脈打っていた。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加