8.7.19:35 六本木某マンション

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8.7.19:35 六本木某マンション

「はい、それでは今日もコマちゃんと『みれぃとコマのわんわんちゃんねる』始めて行きたいと思いまーす!」 「きゃん!きゃん!きゅーん!」  今や件の「ガチすぎる禁断ホラー企画」で一世を風靡した「お友達系動画配信者」こと美容系配信者「みれぃ」こと「MIREI」。その中の人、能代美礼は据え置きカメラの前ですっかり様変わりした部屋の中で有名ブランドのもこもこ部屋着を着て小さなサッカーボールをピンクと白のウレタンマットが交互に敷かれた床の上に転がした。  「件の企画」から帰ってから、彼女は変わった。あけすけでやや幼稚だった部屋を解約し、しっかりした部屋に住むようになった。人生観や真面目な話をとつとつと語るようになった。今までいわゆるお友達系、可愛い系だった明るいミルクティーカラーの低めゆる巻ツインテールは振り解かれ、アジアンビューティーのセンターパートのストレートロングに変えた。そして髪色もイエベアピールしていた明るい色から本来の黒に戻した。というより、あの一件があってから、どうも無理にイエベ春をかたって人を集めたりするのをやめようと思ったのだ。  本来美礼はブルベ冬で、けれどそれは「お友達系」「美容系」でやっていくには 「自慢かよ」 「ブルベ冬自慢女出たよ」 「特別な私感出ちゃってて痛い」  と何故か叩かれの対象なのだ。だから、無難なイエベ春アピールをするために日焼けをし、厚化粧をしてやり過ごしてきた。  しかし、あの寒村から帰ってきてからというもの、どうやっても、美容サロンで日焼けをしようとしても肌が焼けないのだ。というか、今まで焼いた分が抜け落ちたように生まれながらのブルベ白肌になってしまった。 「どうしよう!なんでぇ!?これじゃ配信できないんだけど!何か龍神様の呪い的な物なの!?地元行って諏訪大社にお祈りしたら治る!?」 「は?むしろ何で治す必要あんだよ。寧ろ治すとかそういうもんじゃなくないか?今までのお前が無理してたんじゃねーか」  けろり、とオカルトの大先輩こと後藤源太はすがりつく美礼に言い放った。彼は一向見た目を気にしていないようで、無精髭も髪もボサボサだった。しかし発言は正論だ。 「多分、建御名方様からすりゃ痛々しかったんじゃねえか?イエベとかブルベとか男にゃわかんねえよ。ただ、無理して自分の皮膚焼いてるってことしかわかんねえ。年頃の女が自分の皮膚焼いてるって建御名方様くらいの神様からすると異常事態だからよ、火傷を治してやるつもりくらいだったんじゃねーの」  言われてみればその通り、ぐうの音も出ない。神々からすれば自分の皮膚を自分で焼くなんて自傷行為だ。美容行為ではない。男神なら尚更理解不能だろう。 「ブルベとかイエベとかそもそもアホらしいと思わねえかよ。あの因習村とコマを見てまだそう言うか?あそこに囚われてたコマはどんなカッコしてた?ブルベとかイエベとかあったか?あんな超次元から帰ってきてまだ上っ面の色でバーバー言えるなんてお前は幸せもんだな」  皮肉っぽく言われ、美礼はぐっと言葉に詰まった。  そして今に至る。「お友達系」としての「みれぃ」名義は残しつつも、「美容系」名義としてアジアンビューティーチャンネル「MIREI」を新設した。その結果photostagramもtoktikもYoTubeも逆にインプレッションが右肩上がり、折しも世間は韓国・中国コスメブームであり新進気鋭の美容系配信者MIREIは世界市場に龍神を背負って打って出たのだ。  ただ、背負ったのは建御名方神こと龍神だけではない。 「きゃん!」 『今日もコマちゃんかわいい〜!』 『虐待されてたんだって?拾ってもらえてよかったね!この家なら安心だよ〜!』 『コロコロ鼻黒子犬たまらん!』  コメントが画面上を滑るのを見て、美礼は慌てて鼻先の黒い焦茶色の毛玉の方を見た。ボールがベッドの間に挟まり、必死に取ろうとがりがりと新品のベッドを引っ掻いている。 「こーら、コマちゃん!ベッドは引っ掻かないの!ボールが詰まったら吠える!いーい?」 「きゃん!」  甲高く吠えるこの子犬、一匹と一人で始めたこの「みれぃとコマちゃんねる!」即ち「ペット系チャンネル」のメイン出演者、「コマ」という四国犬……かつての「土佐犬」も、多少なりとも幸運を運んできてくれているだろう。  誰かを犠牲にしながら。何せ、「彼女」はそういう半妖なのだ。
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