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「ここに保存しておいたデータを入れて──」
眠りに付く前にあらゆる妻の情報をデータに残しておいた。
無機質な機械にデータを挿入する。本当に妻そっくりのアンドロイドが作成されるのだろうかという疑念に苛まれつつ、膨大なデータを吸収していくそれを見つめていた。
眠りについていたから、五十年という歳月は気にならない。
景色は変わり、木々や空を飛ぶ鳥達ですら映像になっていたが、それも悪くない。住居棟の廊下は季節によって温度を自動的に調整するようになっていた。夏には湿度が高く汗ばむようになっており、冬には首をすくめる肌寒さ程度に管理されている。ただ、匂いはなかった。匂いに関してはあまり良い記憶のない間宮にとっては朗報であったが、窓から見える金木犀の木が黄金色に輝いていても、一向に匂いが届かないのはやや不思議なものだった。
何事も変化するのだ。
間宮は妻のデータを取り込んでいくアンドロイドを眺めてそう心で繰り返す。
生身の妻は居ないが、妻と違わぬアンドロイドがもうすぐでき上がる。
上手くいかなかったあれこれをもう一度軌道修正し、間宮の命が尽きるその日まで一緒にいたい。それが夫婦として誓いを立てた二人の宿命だ。
「生涯君を愛すると誓ったからね」
結婚式当日の美しい妻の笑顔を思い浮かべ、アンドロイドのまだ何も映し出されてない顔部分に想像で嵌め込んでみる。
「二度目の結婚式みたいだ」
髪がフワフワと伸びて肩のあたりで止まる。黒髪だが細くてうねりのある妻の髪。顎はいつの間にかシャープになっていて、右側に小さなホクロが足された。
「待ち遠しいよ、マコ」
久しぶりに呼んだ名前にアンドロイドが瞼を上げた。まだ睫毛はないが、そのアーモンド型の目は妻のもの、そのものだ。
「あなた、目が覚めたのね」
声も抑揚の付け方も妻のマコのものだ。
「凄いな……」
動画のデータはそこまで多くはなかったのに、この完成度。
「なあに?」
言葉のチョイスはきっとSNSなどから吸収したのだろう。妻はよくSNSで日々の事柄を呟いていた。
「いや、君こそ目覚めたんだな」
そこで妻は首を傾げて考える素振りを見せる。
「それがおかしいのよ。記憶が欠けているところがあるみたい」
間宮はゆっくりと頷いた。
「そりゃあるさ。俺だって寝ている間の記憶はないし、眠りにつく前のことはまだらに覚えていたりいなかったりだ」
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