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第15話 聖女の大盾
「アウラ様、本当にありがとう! いやぁ、一時はどうなるかと思ったよ!」
「無事で本当に良かったです。話を聞いたとき、心臓が口から飛び出るかと思いましたよ。もう足場の悪いところで作業はしないでくださいね?」
「ああ、気をつけるよ!」
骨折した男性――ケントさんを癒やし終えた私は、彼の仕事仲間たちが「本当にお騒がせだよ!」と笑う声を聞きながら、作業場を後にした。
(癒しの魔法、頑張って鍛えた甲斐があったな)
魔王討伐の旅のとき、ダグの怪我を癒やしきれなかったり、癒やすのに時間がかかると、いつも彼から怒られていた。
だから彼に怒られないように、褒めて貰えるように、一生懸命癒しの神聖魔法の技を磨いたんだっけ。
ダグに捨てられた後もこうして人々の役に立っているのだから、頑張った時間は無駄じゃなかったとホッとする。
今日も天気がいい。
太陽の光を浴びながら歩いていると色んな所から、
「こんにちは、アウラ様」
「アウラ様じゃないか! この間収穫した野菜、今度うちの人に届けさせるから、一杯食べなよ!」
「この間はありがとう、アウラ様!」
と声をかけられる。
私に魔法を求めるわけでもなく、かと言って勇者パーティーの一員だったからと過剰に持ち上げるわけでもない。
まるで、昔からここで暮らしているような錯覚に陥りそうになるくらいの皆さんの気安さが、とても心地よい。
ここに来てから、たくさんの人たちが私を褒めてくれる。役立たずだと私を否定する言葉なんて、聞いたことがない。
(以前マーヴィさんに言われたとおり、自分の力に胸を張って良いのかな?)
私だって十分やれていると、自分を許してもいいのだろうか?
スティアの街にいると、以前まで微塵も考えることのなかった自分自身の考え方を見直す場面にぶち当たることが多くなった気がする。
そのたびに、
『役立たず』
『お前はもう用無しだ』
夢の中で私を嘲るダグの顔を思い出す。
今でもダグの夢を見るし、未だに夢の中の彼に言い返せていない。
だけど、
『時間が経たない限り頻繁に思い出してしまうものだ。だから思い出したことに罪悪感を抱く必要はない』
『もっと自分に自信を持って欲しい』
悔しさと罪悪感に苛まれるたび、マーヴィさんの言葉が救いとなった。
だけど最近、私に向かって語りかけるマーヴィさんの表情を思い出すと、少し胸の奥が苦しい。
理由が分からなくて少し困っている。
何か今日は心なしか体も熱い気もするし……
歩きながら、はぁーと大きくため息をついたとき、
「どうした? 大きなため息をついて」
「わ、わわっ!」
突然傍で声が聞こえて、私はその場で飛び上がってしまった。数歩距離をとってから振り向くと、
「ま、マーヴィさん……?」
今まさに私の頭の中を一杯にしていた人物が立っていた。私のリアクションが激しかったからか、マーヴィさんは目を丸くし、しかし直ぐに目を細め、探るようにこちらを見た。
「何だ、その驚きようは……もしかして、俺の悪口でも考えていたのか?」
「そ、そそ、そんなこと考えてませんよ!」
「本当か? 怪しいな……」
「突然後ろから話しかけられたら、誰だって驚きますって!」
もっともらしいことを言い訳すると、マーヴィさんはもう一度私をジッと見つめ、フッと口元を緩めた。
それを見て、からかわれたのだと悟る。
(マーヴィさんって、こんな風にからかってくるんだ……)
三年も一緒にいたのに、この街に来てからマーヴィさんの知らない顔をたくさん見つけた気がする。
私に笑いかけてくれる表情も――
胸の奥が苦しい。
それに何だか体が熱い。
……ううん、気のせい気のせい。
私は体の変化を見て見ぬ振りすると、マーヴィさんに謝った。今日は早めに城に戻り、豊穣の儀式を行う予定だったからだ。
「ごめんなさい、遅くなってしまって……」
「謝らなくていい。あんたがケントの骨折を癒やしてくれたことは知っている。こちらこそ、大切な領民を助けてくれてありがとう」
「いえっ、神官として当然のことをしたまでですから!」
本当に、神官として当然のことをしたとしか思っていないので、マーヴィさんに頭を下げられるたびに恐縮してしまう。
私たちはたわいのない会話をしながら、城へと戻った。
バックス様の部屋に向かうため階段を上がる途中、今までここになかった物の存在に気付き、私は目を見開いた。
階段の踊り場に飾られている、銀色の大盾に――
思わず大盾の前で足が止まってしまう。バックス様が待っていると分かっていても、大盾の美しさに目を奪われて動けなくなってしまった。
同時に、この大盾とともに最後まで戦い抜いてくれたマーヴィさんを思うと、喉の奥が詰まる思いがした。
「どうした?」
「いえ……この大盾にたくさん守って貰ったなと思って。魔王討伐の記念に飾っているんですか?」
隣にやってきたマーヴィさんに訊ねると、彼は首を横に振った。
「この大盾は、クレスセル家に代々受け継がれてきた物だ。元々ここに飾っていて、有事の際に力を貸して頂いている」
「力を貸して……頂いている?」
大盾を敬うような言葉遣いに、私は思わず彼の言葉を反芻した。
首を傾げている私に、マーヴィさんは大盾を見上げながら教えてくれた。
「この大盾は昔、聖女が勇者に授けた物だ。我が家では聖女の大盾と呼ばれている」
「聖女様が⁉」
「ああ、クレスセル家の初代当主は当時発生した魔王を打ち倒した勇者、その伴侶は勇者とともに戦った聖女だからな」
「ま、待ってください! えっ……つ、つまりマーヴィさんは勇者様と聖女様の……ご子孫?」
「そうなるな」
「えええええええー‼」
私の叫びが、エントランスに響き渡った。
聖女とは、世界の創造主である女神様の愛し子として、特別な力を授かってこの世界に生まれ落ちた存在。
その力は魔術や神聖魔法とは違って、効果に限界や制限がないことから【奇跡】と呼ばれ、別格扱いをされている。
聖女様は過去に何度かお生まれになり、不安定だった世界を【奇跡】をもって、平和に導いたと記録に残っている。
神殿が女神様の次に崇めている存在で、聖女の言葉や行動は、女神のご意志と一緒とされている。
「とはいえ随分昔の話だし、クレスセル家も先祖が勇者と聖女だとは公表していないから、知られていないのは当然だ。知っているのは今では大神殿ぐらいだろうな」
とマーヴィさんが笑っている。
大神殿の歴史は非常に長く、女神様や聖女様に関する膨大な記録を管理していると言われているから、クレスセル家の初代当主とその伴侶が、勇者様と聖女様ということはきっと残っているだろうけど。
でもまさか、マーヴィさんのご先祖様が、勇者様と聖女様だったなんて……
そして目の前の大盾が、まさかそんな偉大なる存在によってもたらされた物だったなんて……
「かつて盾の中央にあるくぼみには聖女の光が七色に光り輝いており、初代当主はあの大盾を片手で扱うことが出来たそうだ。聖女の光は失われてしまったが加護は僅かに残っていて、戦いの際に守りの力として発揮される。だから、あの過酷な戦いを乗り越えることができた」
「そうだったんですね」
「……がっかりしたか?」
「えっ?」
マーヴィさんらしからぬ、少し寂しそうな声。
黒い瞳は、大盾を見つめたまま動かない。
「あんたは俺を強いと言ってくれた。しかし、あんたたちを守っていたのは、大盾に残っている聖女の加護だ。俺自身の力じゃない」
そう言い切ると、マーヴィさんは唇を強く結んだ。
悔しい――
彼の表情が、そう物語っていた。
だから私は、大きく首を横に振る。何度も大きく首を振って、マーヴィさんの太い腕を掴む。
「そんなことないです!」
思い出されるのは、大怪我を負いながらも、私たちを守り続けた彼の姿。
そう。
聖女の加護が残っているとは言え――
「あの大盾は、万能ではないんでしょう? 全ての攻撃を防いでくれるんじゃないんでしょう? それなのにマーヴィさんはいつも前に出て、私たちを守ってくれた。魔王に対しても一歩も引かずに戦った!」
体が熱い。
だけど、驚きの表情を浮かべながら私を見つめ返すマーヴィさんに真っ直ぐ伝える。彼の腕を掴む手に、ありったけの力をこめる。
「私たちを守ってくれたのは、間違いなくマーヴィさんの力です!」
だからどうか、そんな悲しそうな顔をしないで――
視界が揺れた。
足下がぐらぐらする。
体が……熱い――
次の瞬間、私の体はバランスを崩し、そこからは何も覚えていない。
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