第24話 絶 対 に 駄 目 だ

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第24話 絶 対 に 駄 目 だ

 魔族が襲撃してきたあの日から、クレスセル辺境伯領の監視は強化された。  あの一件以降、魔族の姿は発見されず、程なくして今まで通りの監視体制へと戻ったけれど、倒したはずの魔族の頭部が動いた謎は、解明されずじまいだった。  魔王が倒されたとはいえ、まだど生き残った魔族や魔獣たちが存在していて、人々に危害を加えている。  もう増えないとはいえ、魔王汚染といい生き残っている魔族たちといい、世界は本当の意味でまだ平和を取り戻していないのだと思い知らされた。 (でも何かあれば、ダグがいるし……)  人間性に問題はあるけれど、ダグのもつ勇者の力は本物。  万が一、生き残った魔族が現れても、彼の力なら問題なく討伐出来るはず。  だって彼は女神様に選ばれた勇者であり、次期皇帝となる人間なのだから。  そう結論付けたとき、ドアがノックされ、 「アウラ、準備は出来たか?」  外からマーヴィさんの声が聞こえてきた。  今日は、スティアの街でお祭りが開催されるのだ。  クレスセル領内の魔王汚染が浄化され、たくさんの作物が収穫できたこと、そして遅ればせながら魔王討伐を祝うためのお祭りらしい。  マーヴィさんに誘われ、これから出かける予定なのだ。  私は素早く自分の姿を鏡で確認した。  いつもは神官衣を身につけているけれど、今日は違う。  お祭りに出かけるとリィナ様にお話したら、リィナ様が若い頃に身につけていた服を貸してくださったのだ。 「私が昔着ていた物だから今の流行からは外れているし、動きやすさを重視しているから煌びやかなものではないけれど……」  そう申し訳なさそうに仰っていたけれど、見せてくださった服は、平民の私には縁のない素晴らしいものばかりだった。  とはいえ、街に出るに豪華なドレスは合わないので、刺繍をあしらった綺麗なワンピースをお借りした。  その後は侍女の方が、いつもよりも長く念入りに化粧をし、真っ直ぐな髪を少し巻くなどいつもと違う髪型に整えてくれて、今に至る。 (おかしく……ないかな?)  リィナ様や侍女たちは皆口々に、綺麗とか可愛いとか褒めてくれたけれど、今の姿に慣れない私にとっては違和感の方が強い。  くるんっと反った毛先を突っついて最終確認をすると、私はドアを開けた。  そこにはいつもと変わらないマーヴィさんが立っていた。  それを見て、何だか一人だけ気合いが入っているみたいで、恥ずかしくなった。  やっぱりいつもの神官衣に着替えた方がいいと思い、それをマーヴィさんに伝えようと口を開いた瞬間、マーヴィさんがもの凄く慌てた様子で言った。 「すまないっ! 少しだけ待っててくれ!」 「え、あ、あの、マーヴィさん?」  理由を聞く間もなく、マーヴィさんの姿が見えなくなってしまった。  どうしたんだろう?  とりあえず言われたとおりに待っていると、再びドアがノックされた。  ドアを開けるとそこには、 「あれ、マーヴィさん。着替えてこられたんですか?」  いつもの緩いシャツではなく、ジャケットを羽織った姿で立っていた。中に来ているシャツもきっちり皺が伸びているし、履いている黒いズボンの布が上等なものに変わっている。  体を動かすことが多いからと、動きやすく、かつ汚れてもいい服をいつも着ているのに、今日に限って何故着替えてきたのだろう。  私が不思議そうにしているのに気付いたのか、マーヴィさんは気まずそうに私から視線を逸らした。 「いや、何というか……あんたと一緒に歩くに、あの服装ではさすがにと思ってな……」  私がいつもと違う服装だったから、合わせてくれたらしい。  何だか申し訳ない。 「すみません。気を遣わせてしまって。でも私、気にしませんよ?」 「……俺が気にする」 「それなら、私の方が着替えましょうか? それならマーヴィさん、いつもの服装で過ごせますけ――」 「絶 対 に 駄 目 だ」 「あ、はい……」  私の発言に被せるように返答するマーヴィさんの声色には、こちらの提案を一蹴するほどの重みと迫力があった。  でもそうだ。  今から私が着替えるとなったら、また時間を食うわけだし。  きっとマーヴィさんも同じことを考えて―― 「アウラ」  突然名を呼ばれ、私はマーヴィさんの方を見た。先ほどまで私から視線を外していた彼の瞳が、今は真っ直ぐこちらを向いている。 「とても良く似合ってる」  よ、良く似合ってる?  えっと……何が?  ……ふ、服。  そうだ、服のことだ!  マーヴィさんは服を褒めてくれただけ。  それ以上でもそれ以下でもないはず!  なのに首元に熱が上がるのを止められない。 「あ、ありがとう、ございます。こ、ここ、この服、素敵ですよね! リィナ様が貸してくださったんです!」  心の中で息も絶え絶えになりながら、何とか……何とか言葉を絞り出すと、マーヴィさんは何故か困ったように眉根を寄せ、すぐに諦めたように小さく笑った。 「そろそろ行こうか」 「は、はい!」  私が大きく頷くと、マーヴィさんは私に背を向けて歩き始めた。  その後を付いていこうと一歩踏み出したとき、ふと後ろを振り返って、鏡に映る自分を見た。  先ほどと変わらない、着飾った自分がいる。  いつもと違う姿に、さっきまで違和感を抱いていた。  だけど今は……何も思わない。  むしろ、着飾った自分も悪くないのでは? などという自意識過剰だと思える感情すら芽生えている。  突然の心変わりを不思議に思う中、 『とても良く似合ってる』  マーヴィさんの声が耳の奥に蘇った。  その言葉を噛みしめるように、そっと瞳を伏せる。 (ああ、そうか……マーヴィさんが、そう言ってくれたから……私は――)  今の自分の姿を、素直に受け入れることが出来たんだ。  あの人の言葉だったから――  だってほら。  マーヴィさんはただ、服を褒めてくれただけだと分かっているのに、鏡の中に映る私の表情、凄く嬉しそう。 (やっぱり……やっぱりそうなのかな。私、マーヴィさんのこと……)  だけど鏡の中の自分は、何も答えてくれない。  モヤモヤする気持ちを抱きながら、私はマーヴィさんの後を追った。
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