第25話 ブレスレット

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第25話 ブレスレット

 私たちは、祭りで賑わう通りを歩いていた。  いつもと違う格好をしているから、たくさんの人たちが私の格好を褒めてくれて、何だか心がムズムズした。  皆に手を振り、マーヴィさんの元に戻ると、彼は数人の領民たち――主に男性たちに囲まれていた。彼らは私の姿を見つけるとマーヴィさんの肩を叩き、笑いながら去って行った。  残ったマーヴィさんは、何故かもの凄く不機嫌そうにしていたけれど、私が近付くと、いつもの優しげな表情へと戻った。 「……皆、あんたに注目してるな」 「まあ、いつも神官衣ですからね。珍しいんでしょう」  歩きながらそう答えると、マーヴィさんは何故か口元をニヤリと緩ませ、 「まあ……仕方ないか」  と呟いた。  何が仕方ないのかは分からない。  けれど、でもそう呟く彼がとても誇らしげだったので、きっと私の知らないところで良いことがあったのだろうと思い直し、追求しようとは思わなかった。  さすがにお祭りともあって、通りには臨時で作られたお店がたくさん並んでいた。  売り出されている品物の数も多く、私がこの地にやって来た頃、閑散とした品揃えだったことが嘘のようだ。  作物も安定して育つようになってきたことで、食糧難もなくなった。皆がお腹いっぱい食べられるようになって、本当に良かったと思う。  そんなことをしみじみ思っていると、 「アウラ、ちょっとこっちに」  少し先を行っていたマーヴィさんが、手招きをした。  彼がいたのは、細工品を売るお店。  お手製の生活用品が並べられている中、一際目を引いたのは、均等に並べられた銀細工の装飾品だった。  主に女性向けの装飾品――髪飾りやネックレス、指輪やブレスレットが並んでいて、宝石は埋め込まれていないが、細かい彫刻や凝った形などで華やかさを出していた。 「わぁ、素敵ですね!」  太陽の光に反射して、キラキラと光を投げかけているそれらを見て、思わず声が出てしまった。私の声に気付いた店主のお爺さんが声を掛けてくれた。 「おや、アウラ様にマーヴィ様。よければ手に取って見てやってください」 「相変わらず、手先が器用だな、オルグ爺は」 「ははっ、若い頃は装飾品の細工師を目指しておったんですが、かみさんに、もっと金になる仕事をしろってどやされましてな。これらは本業とは別に、趣味で作っておるんですわ」  お互い顔見知りのようで、マーヴィさんとオルグさんが世間話を始めた。その間に私は、目の前に広がる銀細工の装飾品一つ一つをじっくり見させて貰い――そのうちの一つに視線が釘付けになった。  それは花が彫刻されたブレスレットだった。  花の下に伸びる葉が蔓のように複雑な模様を描いていて、聖女の大盾に彫られた模様を思い出させた。  値段を見ると……うん、私が臨時神官として頂いている報酬から払えそう。  私は、談笑している二人に話しかけた。 「あの、このブレスレットを購入したいのですが」 「ああ、そのブレスレットか。実はそれ、ペアになっとるんだ」 「え、ペア?」 「これだよ」  そう言ってオルグさんが指さしたのは、今私が持っているブレスレットの隣に並んでいたブレスレットだった。  同じデザインだけど、輪が大きく幅も広い。私の腕につけたら、簡単に抜けて落ちてしまいそう。  懐具合的には、両方とも買えるけれど、 (でも、男性用を使わずにしまっておくのも勿体ないし……)  男性用と女性用のブレスレットを手にして考える。    私があまりにも悩むので、見かねたオルグさんが、単体で購入してもいいと言ってくれたけれど、ペアとして作られた物を片方だけ購入するというのも悪い気がした。  諦めて別の物にしようとしたとき、マーヴィさんの手が横から伸びてきて、私の手からブレスレットたちを取った。  そして商品をオルグさんに見せながら、 「両方とも俺が買おう」  と、さっさとお金を払ってしまったのだ。  断る間もない、あっという間の出来事だった。  呆然としている私に、マーヴィさんは先ほど購入した女性用のブレスレットを私に差し出した。そこでようやく全てを理解する。 「ま、マーヴィさん⁉ ちょっと待って、お金払いますから……」 「必要ない。これは、今までこの地のために貢献してくれたあんたへの礼だ」 「お礼?」 「ああ」 「ははっ、マーヴィ様、アウラ様へのお礼にしてはあまりにも安すぎるじゃないですかい?」  オルグさんが笑う。  マーヴィさんは軽く睨んでオルグさんを黙らせると、再びこちらを見た。その黒い瞳からは、絶対に受け取って貰う、という強い意志か感じられる。  だけど、 「どうか、受け取って欲しい」  その声色はとても優しくて――  気付けば銀色の輝きが私の手の中にあった。前を見ると、マーヴィさんが嬉しそうに微笑んでいた。  その微笑みにつられて、私も笑う。 「ありがとうございます」  私は何度彼に、ありがとうの言葉を伝えただろう。  ありがとうを伝えたいと思うことを、何度彼にして貰っただろう。  喉の奥が、キュウッと詰まった。  私は早速ブレスレットを左手首につけた。  金属のひやりとした冷たさが肌に伝わってくる。なのにその冷たさが、何故か温かく感じてしまうのがとても不思議。 「それで、その男性用のブレスレットはどうするんですか?」  そう訊ねると、マーヴィさんはブレスレットを見ながら小さく唸った。あまりよく考えずに買ったみたい。  ふとマーヴィさんの手首を見た。  残念ながらマーヴィさんの手首は太くて、男性用とはいえ、あのブレスレットは入らなさそう。  って私、何を考えているんだろう。  残念だなんて……   「戻ったら母に渡しておく。母は女性の割に手首が太いからな」 「そ、そうですね。でも私とお揃いになっちゃいますけど……気を悪くされませんか?」 「気を悪くする? あり得ないな。あの母のことだ。あんたとお揃いだとか言って、何かにつけてブレスレットを自慢してくるだろう」  そう話すマーヴィさんがあまりにも苦い顔をしているので、思わず噴き出してしまった。  とにかく、男性用のブレスレットの譲渡先は決まったので安心した。リィナ様ならきっと、大切にしてくださるだろう。 「アウラ様ー!」  私の姿を見つけた女性たちが、声を掛けてきた。よく神殿にきて世話話をする女性たちだ。  こちらに向かって手招きしているので、マーヴィさんに振り返った。 「マーヴィさん、すみません。呼ばれているので、ちょっと向こうに行ってきてもいいですか?」 「ああ、大丈夫だ。俺も後から追いかける」 「分かりました。では行ってきますね!」  私はマーヴィさんにお辞儀すると、女性たちの元へと向かった。
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