第3話 手紙

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第3話 手紙

 気がつけば、私はベッドの上に寝ていた。  モヤがかかったように頭の中がぼんやりしている。  ここはどこ?  見たところ、どこかの宿屋なんだろうけど…… 「目が覚めたか?」  声のした方を見ると、私服のマーヴィさんが座っていた。    いつも身につけている鎧はなく、街の人が着ているような布の服姿が新鮮だ。だって旅の間はどこで何があるか分からないと、ずっと鎧を身につけていたから。  目は細くて若干垂れているからか、盾役なんていう過酷な役割を担っているとは思えないほど優しく、穏やかな人柄に見える。  だけど体は、鎧がなくてもすごく大きい。  勇者の力があるダグとは違い、しっかり鍛えておかないと盾役の要である大盾を扱えないからと言って、欠かさず体を鍛えていたのを思い出す。  大きな体格とボサッとした深い茶色の髪のせいで、鎧を着ていないマーヴィさんを初めて見た時の印象はクマさんだった。  もちろん、私よりも三歳も目上の方にクマさんだなんて失礼だと分かっているから口にはしなかったけれど。 「あんた、倒れたことは覚えてるか?」  彼の硬い声色と同情するような黒い瞳に、私はあのときのことを噛みしめるように、ゆっくりと頷いた。  忘れるわけがない。  結婚の約束をした幼馴染みが裏切った瞬間を……  全部夢だったら良かったのに。 「マーヴィさんが、ここまで運んでくださったんですか?」 「ああ。勝手に城下町の宿屋に運んだのは悪かった。城の連中にも引き止められたんだが、あんなことがあったんじゃな……」 「ごめんなさい……私のせいで、マーヴィさんにご迷惑を……」 「いや、俺もあんな無駄に豪華な部屋は居心地が悪くて落ち着かん。あんたの一件がなくても、俺だけは宿屋に泊まるつもりだったし、気にするな」 「……ありがとうございます、マーヴィさん」  嘘か本当かは分からない。だけど私を気遣うマーヴィさんの優しさが、今はとても心に沁みた。 「ダグとあんたが結婚の約束をしていたのは聞いていたから、ショックが大きいのは分かるんだが……その、だな……」  マーヴィさんはものすごく言いにくそうに言葉尻を濁すと、ズボンのポケットから封筒を取り出した。 「あの男から、あんたに渡してくれって預かった」 「……え?」  戸惑いながらも差し出された手紙を受け取ると、マーヴィさんは私に気を遣ってか、部屋を出ようとした。  だけど一人で読むのが怖くて、咄嗟に彼を引き留めた。 「あ、あのっ、ごめんなさい! 手紙を読み終わるまで、ここにいて頂けないでしょうか?」 「いいのか?」  振り返った彼の黒い瞳が、困惑で揺れている。  凄く迷惑なことをお願いしているのは分かってる。分かっているけれど、お願いせずにはいられなかった。 「はい。多分、読み終わったら泣いちゃって、また困らせちゃうかもしれませんが……何もしなくてもいいので、ここにいてくれませんか?」 「分かった」  マーヴィさんの一言が心強かった。  意を決し手紙を開く。  今まで見せてくれたダグの笑顔に、僅かな希望を重ねながら。  だけど手紙を読み進めていくにつれて、涙で文字が滲んでいく。  そこに書かれていたのは、皇女様を選んだやむ終えない理由でも謝罪でもなく、馬鹿な私を嘲笑う言葉の数々だった。  ダグは、一人で魔王討伐に行くのに不安があった。  しかし帝都に呼び出され皇帝と謁見した際、見事魔王討伐に成功すれば、イリス皇女と次期皇帝の座をダグに与えることを約束して貰ったため、討伐に行かないという選択肢は捨てられなかったのだという。  そこで白羽の矢を立てたのが、神聖魔法が使える私だった。  私が彼のことを好きなのを知っていて、プロポーズしたのだ。そうすれば私が、ダグの旅についてくると踏んで。  神聖魔法が役にたてば儲け。  役に立たなければ、いざという時の(デコイ)にすればいいと。  最後にはこんなことが書かれていた。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに。女神に選ばれた勇者たる俺には、イリスのような格の高い女が相応しいんだ。お前はもう用無しだ』  この三年、愛する人のためにたくさん怖い思いをした。  悲しい思いもした。 (一体、何のためだったんだろう……)  ダグが今まで見せてくれた笑顔も言葉も、全部全部、嘘だったなんて―― 「大丈夫か?」  マーヴィさんの気遣いの言葉で、全ての緊張の糸が途切れてしまった。体から力が抜け、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなる。 「だ、大丈夫……だいじょうぶ、ですか、ら……なに、も、しないでいいっ、うっ、うう、あぁ……」  マーヴィさんを困らせてしまうから涙を止めないとと焦るほど、しゃくりあげる声が大きくなり、嗚咽となって部屋に響いた。  マーヴィさんは、私がお願いしたように何も言わなかった。  だけどハンカチを私に握らせると、泣き止むまで黙ってこの部屋に居続けてくれたのだった。
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