第34話 魔王の再来

1/1
188人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ

第34話 魔王の再来

「ま、魔王……?」  私の背中に冷や汗が流れた。  ありえなかった。  だって魔王は、私たちが倒したはず。  魔王の断末魔も、あの醜悪な巨体が崩れて消滅していく様子も、記憶に残ってる。  それに魔王が倒されたことによって、奴と生命力が繋がっていた魔族たちが消滅した。次の日、念のため現場の確認だってした。  それなのに……勘違いだと否定出来ないのは…… 「俺たちが倒した魔王も、声ではなく、頭の中に直接話しかけてきた。その特徴と一致している」 「で、でもっ、声自体が勘違いだった可能性も‼」  分かってる。  あれだけの人数が同時に幻聴を聞いたなんてありえない。  それでも勘違いだと言って欲しかった。  でないと―― 『殺せ、人間を殺せ! あの男を……勇者を血祭りに上げろっ‼』  私の不安を現実にするひび割れた声が、頭に中に響き渡った。  血の気が引き、肌が粟立った。心臓が冷たい手で握られたように、恐怖で心が縮こまる。  私を一瞬にして恐怖で一杯にした声は、私たちが魔王と対峙したときに聞いたものと同じだった。  間違いない。  両膝から力が抜けて倒れそうになった私の肩を、マーヴィさんが抱き寄せる形で支えてくれた。私を支えながら、副官に鋭く問う。 「ダグはこのことを知っているのか?」 「伝えました。しかし自分は聞いていない、私たちの幻聴だとの一点張りで……」 「そのくせ、自分は戦いに出ずに安全な場所に引きこもっているというわけか」  マーヴィさんが眉間に皺を寄せながら鼻を鳴らした。  間違いなくダグにも聞こえているはず。  そして気付いたはず。  声の主が、私たちが倒した魔王であることを――  そのとき、一人の兵士が副官の前に飛び込んできた。 「ほっ、報告いたします! 魔族の数が……増えましたっ‼」 「な、何だとっ⁉」  副官が声を荒げ、私たちも目を見開きながら報告に来た兵士を見た。  兵士の報告によると、一体だった魔族の数が増えているらしい。  それも一体、二体の話ではなく、何十体も……  魔族が増える。  それはつまり、 「あれが魔王であることが、証明されたな」  マーヴィさんが固い口調で呟いた。  もうここまで来たら、認めるしかない。  だけど一つ引っかかることがある。 「報告ではずっと魔族だと言われていました。私たちが倒した魔王とは、また違う形態なのでしょうか?」 「分からない。結局俺たちは魔王を倒していなかったのか、それとも倒した魔王が復活したのか、声が同じなだけで別の存在なのか……どちらにしても、ここで考えていても埒が明かない」  マーヴィさんはすぐに考えることをやめると、担いでいた大盾を下ろした。それを合図に、兵士たちが鎧を運んできて、それをマーヴィさんが身につけ始める。  防具を身につける彼の姿を見て、嫌な予感がした。  訊ねようと開いた唇が、僅かに震える。 「……何をやってるんですか、マーヴィさん。まさか……」 「俺が魔王を倒す」  全く迷いのない真っ直ぐな声が、私の心を突き刺した。  それは強い衝撃となって、私の思考を酷く揺らす。  マーヴィさんは盾役なのだ。  たった一人で、あれだけの魔獣や魔族を倒せるほどの力があるわけじゃない。  そんな無茶ができるのは、女神に選ばれた勇者たるダグだけなのだから。 「マーヴィさん、危険すぎます! やっぱりダグを説得して出撃させましょう! そして三人で魔王を迎え撃つべきです!」 「今のダグには無理だ。やはり俺の予想は正しかった」 「なら、マーヴィさんはもっと無理じゃないですかっ‼︎ 大盾の加護があるとはいえ、あなたは普通の人間なんですよ⁉︎ せめて、バックス様が来られるまで待つべきです!」 「……もうこれ以上、領民を犠牲にしたくはない」  私だって同じ気持ちだ。  温かく私を迎え入れてくれた皆さんが、戦いで再び傷つき苦しむ姿なんて見たくない。  だけどいくらマーヴィさんに、魔族を一刀両断出来る力があるといっても、あれだけの数を相手になんて出来るわけが……  彼に考え直して欲しくて鎧を叩いていた私の手を、マーヴィさんが優しくとった。  迷いのない、まっすぐな言葉が耳の奥に届く。 「俺を信じて欲しい、アウラ」 「マーヴィ……さん……」    何をもって彼がそう言っているのかは、分からない。  でもマーヴィさんは、いい加減な理由でこんなことを言う人じゃない。  それなら私にできることは―― 「分かり……ました。何が考えがあるのですね。それなら……信じてます。信じてますから……無茶はしないで……」 「ありがとう」  そう答えるマーヴィさんは、嬉しそうだった。  戦場の中を照らす希望のような笑顔に、心が強く揺さぶられる。  次の瞬間、鎧に身を包んだ体が馬上に舞い、弾かれたように戦場に駆け出していった。  私が防御魔法をかける暇もなかった。 (大丈夫……かな)  こみあげた不安を、ぐっと喉の奥に飲み込んだ。  魔王軍の残党――いえ、魔王軍が目視出来るところまでやって来ている。  真っ黒な塊みたい。  あんなものが通り過ぎた後には、何も残らないだろう。 (なら……私に出来る精一杯をしなければ)  私は残された副官と、いつの間にかやってきていた女性神官たちに声をかけた。 「私はこれから結界を重ねがけします。怪我人がいるこの場所だけは絶対に守ります」 「結界を重ねがけ⁉ そんなこと出来るわけ――」 「私にだってそのくらいは出来ます! ここには一体たりとも、魔族も魔獣も踏み込ませません‼」  意識を集中させた次の瞬間、神聖魔法が発動し、先ほどと同じ結界がいくつもの層となって重なった。  マーヴィさんが頑丈だと褒めてくれた結界だ。これだけ重ねれば、魔族と魔獣の大軍とはいえ、そう簡単には破れないはず。  いいえ、違う。  決して破らせない。 (ここは……私が守る。マーヴィさんが安心して戦えるように)  あの人の背中を守るのは、  ――私だ。  後ろから土を踏む音がし振り返ると、ダグがテントから出てきたところだった。マーヴィさんの姿がないこと、そしてこの場の空気から全てを察したのだろう。 「おい、マーヴィのやつ、一人で突っ込んでいったのか? 馬鹿か? あれじゃ死ぬな。いい気味だ」  ダグが私を見ながら意地悪く笑う。  きっと私の心を傷つけるために言ったのだろう。  だけど、 「……死なないわ」 「はぁ?」 「マーヴィさんは死なないって言ってるの!」  口だけで何も行動しないダグの言葉なんて、なにも響かない。  私の心には、僅かな傷もつかない。 「私は信じてる。マーヴィさんが無事に魔族を、いえ――魔王を討伐して帰ってくることを!」  私を守ってくれた広い背中を思い出す。  信じると言って私に向けてくれた彼の笑顔を思い出す。  信じてる。  だからどうか、 (無事に、帰ってきて……お願い……)  そして帰ってきたら、伝えるの。  この気持ちを。  私の心を救い、前を向かせてくれたあなたへの想いを―― 「……えっ?」  不意に、胸の奥に温かい何かを感じた。  不思議に思い、胸元を手で押さえた瞬間、手の隙間から虹色の光が漏れ出し、私の体を包み込んだ。  虹色の光は私の体から更に広がっていき、結界の中を一杯にしたとき、戦場から天に向かって放たれた一筋の光が見えた。  まるで私から発される光と共鳴しているかのように――
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!