第38話 自惚れ

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第38話 自惚れ

 私たちは戦いの後、救護テントに行き、負傷した兵士たちを魔法で癒した。  【奇跡】であらゆる負傷を癒すことができたけれど、死んだ人を蘇らせることは出来なかった。  恐らくそれは、女神様の領域だから。  聖女といえども、超えてはならないのだろう。  悔しさを滲ませる私に、マーヴィさんが優しく声をかけてくれた。 「こればかりは仕方がない。あんたはやれる精一杯をやったんだ。死んだ者たちには祈りを捧げよう」 「……はい」  彼の言葉に頷くと、戦いで亡くなった人々が、天上で女神様に仕える栄誉を得たことを祝福し、神官として祈りを捧げた。  私の正体を知った副官には、黙っていて貰うようにお願いした。 「聖女様の御言葉は、女神様の神託の次に尊ばれるもの。あなた様がそう仰られるなら、時が来るまで私の胸に秘めておきます」 「ありがとうございます。でもその前に、ダグが言いふらしたらどうしよう……」 「それならご心配なく」  副官はにっこりと笑った。  というのもダグは私たちと別れたあと暴れたため、魔王との戦いによって精神的に錯乱したという理由を付けて、現在は猿轡をつけて拘束されているのだという。 「まああの男が今更何を言っても、誰も信じないとは思いますけどね」  そう言って陰のある笑みを浮かべていた副官の表情が、印象に残った。  その後、兵士を率いたバックス様が到着された。  戦いに気持ちを昂ぶらせていたバックス様だったけれど、もうすでに決着が付いたことを告げると、拍子抜けされた様子だった。  しかしすぐさま気を取り直すと私たちの無事を喜び、副官と兵士たちとともに、救助や支援を行うために立ち去った。 「マーヴィ、お前は一先ずアウラ殿を連れて街に戻れ」  そう言い残して。  こうして私たちは、スティアの街に戻ることになった。  帰りは馬車。  行きは馬でやってきたけれど、馬車と御者そして数人の護衛を副官に与えられたのだ。  隣にはマーヴィさんが座っている。  馬車はそれほど大きいわけじゃないから、自然と互いの距離が近くなって非常に気になる。  それにしても、私が聖女様だなんてまた信じられない。  ダグの勇者の力は、私が彼を愛したことによって与えられたギフトだったことも。  でも思い返すと、私が彼を好きになった頃と、ダグに勇者の力があることが分かった時期は近かった気がする。  そう考えると、私は本当にダグのことが好きだったんだなと思う。  結果的に騙されていたけれど、あの時の私は本気だった。  一人の男性を愛し、助け、支えたいと強く思っていた。  その気持ちだけは否定したくない。  愛する人を守るため、直向きに頑張っていた自分の想いだけは。  そして今は―― (それ以上の想いを、私はマーヴィさんに感じてる)  だから、女神様に剥奪されて私に戻ったギフトが、マーヴィさんに与えられたわけで。  それはいい。  今、私にとっての一番の問題は、マーヴィさんに勇者の力が与えられたことではなく、与えられた理由を彼が知っていること―― 「アウラ」 「は、はい⁉︎」  名を呼ばれ、声がひっくり返ってしまった。だけどマーヴィさんはそのことには何も触れず、小さく笑っただけだった。 「落ち着いたら、大神殿に行くんだろ?」 「はい。さっきのお話を聞いた感じだと、大神殿は元々私が聖女だと分かっていたようですね」 「ああ、そうだな」  マーヴィさんが頷いた。  話によると、ダグが勇者だと認められた時、その力の出どころである聖女の存在を、大神殿は秘密裏に探していたらしい。  そして、私を見つけたのだという。 「でも、どうして大神殿は、私が聖女であることを今まで黙っていたのですか?」 「聖女が自身の素性に気づき、神殿に報告や助けを求めない限りは、大神殿は不干渉を貫く決まりらしい。愛し子が自身の力で愛を知るための、女神の采配なのだとか」 「へ、へぇ……」 「まあ、かわいい子には旅をさせよってことだろうな。大神殿に行けば詳しく教えて貰えるだろう」  結構厳しいんだな、女神様って……まあいいか。  失恋と裏切りを経験したからこそ、今こうして――  チラッと隣を見ると、マーヴィさんと目が合った。  視線が合うと気恥ずかしさが先立ち、思わず目を逸らそうとしてしまう。だけど、どこか熱を帯びたマーヴィさんの声色が、それを許さない。 「……魔王を倒したとき、正直、ダグよりも強い力を発揮できたように思えたんだが」 「私も……そう思いました」 「そうか。なら少しは自惚れてもいいのか?」  彼の手が、私の肩を抱き寄せた。  耳の奥に、今まで聞いたことのない甘さを纏った囁きが響く。 「あの男よりも愛されているって――」  何も言えなかった。  だって、本当のことだから。  私の力の覚醒。  聖女の力が宿ったことで、本来の姿と力を取り戻した大盾。  きっと聖剣も女神様から与えられたのではなく、大盾と同じように当時の聖女が力を付与して勇者に与えた物なのだろう。だから私の力が覚醒したとき、大盾と同じように本来の姿と力を取り戻したのだ。  ダグの時には成せなかったことを、マーヴィさんは成した。  その時点で、マーヴィさんに対する私の想いが大きいことはバレバレなわけで……  でも、 「……ずるくないですか? 分かりきってること聞いてくるなんて……」  少し唇を尖らせながら、俯く。  決して口には出すまいと、隠していた恋心がバレバレだったと突きつけられた私の身にもなって欲しい。    いや、それはマーヴィさんも同じか。  自分に宿った勇者の力の真相知った時はさぞかし驚き、困惑しただろう。  きっと今だって……  ずるい? とマーヴィさんが片眉を上げた。  まるで心外だと言わんばかりに。 「まさかアウラ……まだ気づいてないのか?」 「? 何がですか?」 「俺があんたを好きなことだ」  えっ?  す……き……?  えっ?  ええっ?  いや、勘違いするな。  これは言葉に複数の意味があることを利用した、高度な罠だ。 「友達とか、感謝してる寄りの意味ですよね?」 「……この流れで、全部言わないといけないのか?」  ツイッと私から視線を逸らすマーヴィさんの顔は、頬だけでなく耳まで真っ赤だった。  私の肩を抱く手に力がこもる。 「あんたは俺に、『こんな馬鹿な私たちを、あなたは見捨てずに最後まで盾となって守ってくれました』と言ってくれたな? だけどそれは……半分だけ嘘だ」 「……嘘? どの部分が?」 「俺が最後まであのパーティーにいたのは、あんたがいたからだ」  マーヴィさんの視線が、再び私をとらえる。 「始めは、あんたに感謝の気持ちを抱いているのだと思ってた。だけどダグがあんたを大切にしていないと気付いた時、感謝だけではない気持ちに気付いた。だから離れられなかった」 「で、でも、あの時の私は、ダグに夢中で……」 「もちろん、俺の想いは決して叶わないと承知の上だ。だから、あんたがダグと幸せになるところを見届けて、この気持ちにケリを付けるつもりだった」 「……勇者の力の真実を知った時、困ったとかは……」 「困った? まさか。嬉しすぎてその日の晩は、寝られなかったくらいだ」  寝られなかった?  もしかして数日前、マーヴィさんが寝不足だったのって、も、もしかして…… (私と両想いだと知って、嬉しく、て……?)  自分が出した予想に、不覚にも胸がときめいてしまった。  とにかく、今までの発言をまとめさせてもらうと、 「……私も自惚れちゃって……いい感じですか?」 「あんたが嫌でなければな」  さっきの言葉が、罠でも何でも無い私の思ったとおりの意味だったと知り、今度は私の顔がみるみる熱くなっていく。  信じられなかった。  私とマーヴィさんが両想いだったなんて――  やれやれとため息をつきながらも、嬉しそうにこちらを見つめるマーヴィさん。だけどその顔に、少し意地悪さを浮かべながら、私の方に近づいた。 「それで、さっきの俺の質問の答えは?」 「うっ……わ、分かりきってるのに、答えなきゃ駄目ですか?」 「もちろん」  ここまで言われたら、答えないわけにはいかない。  でも彼の気持ちも分かる。  私だって、何度でも聞きたいから。  声をうわずらせ、馬車が移動する音でかき消されそうな小ささで、私は僅かに残った勇気を振り絞った。 「……………………大いに自惚れちゃってください」  次の瞬間、私は大きな体に抱きしめられていた。  マーヴィさんの体は大きくて、とても鍛えられているから、想像以上に硬い。  だけどとても温かくて、  その力強さに安心ができて、  守られるだけでなく、これからは私も彼を守りたいと、愛おしさと勇気が湧き出てくる。 「アウラ。例えあんたが聖女としての力を失っても、俺の気持ちは変わらない。だからこれからは……俺とともに生きてくれないか? この先ずっと一緒にいて欲しい」 「……嬉しいです……凄く……」  何とかその一言を出したけれど、喉の奥が詰まり、それ以上の言葉が出ない。代わりにこの両手を彼の背中に回して、強くしがみついた。  うれし泣きを見られて、また彼を困らせないように――
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