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第6話 マーヴィの素性
パウロ帝国の南の辺境に位置するクレスセル地方。
そこの一番大きな街である【スティア】が、マーヴィさんの生まれ育った故郷なのだという。
物資を山ほど乗せた荷馬車が、長い列を作りながら進んでいく。
先頭の荷馬車に乗った私は、御者席にいるマーヴィさんの横に座ると地図を広げた。
(クレスセル地方っていったら、魔王領と隣接していた場所だったはず)
パウロ帝国の南部に突如発生した魔王は、魔族たちを使ってみるみる領地を広げていった。
魔王領と隣接した貴族の領地が、次々と滅ぼされる中、クレスセル地方は、領主であるクレスセル辺境伯が中心となって魔族や魔獣を退け、領地を、いえ更に言うなら、その先にある帝都を守り続けたのだという。
並大抵のことじゃない。
「長い間、魔族や魔獣を退けるなんて、クレスセル地方の方々はお強いのですね」
マーヴィさんに話しかけると、彼は少し苦笑いをしながら答えた。
「まあそうだな。クレスセル地方――クレスセル辺境伯領は元々、蛮族が住まう土地と隣接していて、戦いを余儀なくされていたからな。特に男は、物心ついたときから武器の扱いを親から学び、いざ戦いが始まれば、騎士だろうが兵士だろうが平民だろうが、皆が一丸となって武器を手に取り立ち向かう。そんな奴等が集まっているんだ」
「ふふっ、だからマーヴィさんもお強いんですね」
「強いかどうかは分からんが……まあ図体だけはでかく、大盾を扱うために体を鍛え続けてきたから、人々を守る盾ぐらいにはなれたら、とは思っていたな」
そう言ってマーヴィさんは、荷物と一緒に転がっている大盾に目線を向けた。
魔王との戦いによって、一部が黒く変色したり傷が付いているけれど、元は銀色の美しい盾だ。盾の中央には、花が絡みつく盾の模様が刻まれていて、その下にはこぶし大程の丸いくぼみがある。元々何かはめ込まれていたのかもしれない。
私には持ち上げることすら出来ない大きな盾を構えて敵を引きつけ、過酷な攻撃を一身に受けてくれていたのが、マーヴィさんだ。
そんな過酷な役目を引き受けてくれたマーヴィさんに、ダグは一度も御礼を言わなかったどころか、文句まで言っていた気が――
(……ああ、駄目だな)
忘れようと思ったのに、何かのきっかけでダグとのことを思い出してしまう。せっかく、新天地で一からやり直そうと思っているのに。
私が黙ってしまったからか、マーヴィさんの表情に陰りが見えた。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい。話の途中だったのに……」
「気にしてない。帝都からここまで結構な距離があったからな。あんたも疲れてるだろう。もう少しすればスティアの街に着くから、悪いが我慢して欲しい」
「大丈夫ですよ。魔王討伐の旅なんて、ほとんど徒歩だったじゃないですか。そういえばダグが『もう歩くのは嫌だ!』って動かなくなったときは大変だっ――」
自然な流れでダグとの思い出を話してしまい、慌てて口を閉じた。
私を裏切った男の話を、何故楽しくしているのだろうかと恥ずかしくなる。
マーヴィさんの前で、ワンワン泣いたくせに……
自己嫌悪に陥りながら、横目でマーヴィさんの様子を伺った。きっと彼も呆れていると思っていたのだが、
「ダグが動かなくなったから、俺が半ば引きずるような形で連れて行ったんだったな。あの時のダグは、散歩を嫌がる犬のようだった」
散歩を嫌がる犬という表現が的確すぎて、私は思わず吹きだしてしまった。
肩を振るわせて笑う私に、マーヴィさんの優しい声が届く。
「嫌な記憶は時間が経てば忘れるだろう。だが逆を言えば、時間が経たない限り頻繁に思い出してしまうものだ。だから思い出したことに罪悪感を抱く必要はない」
ダグのことを思い出した罪悪感で重かった鳩尾辺りが、マーヴィさんの言葉によって不思議と軽くなった。
全てを受け入れられたわけじゃないけれど……でもさっきよりは気持ちが前を向いている。
不思議。
「もし思い出しても、さっきみたいに笑ってやれば良い。あんたには、そうする資格がある」
「……ありがとう、ございます」
私がお礼を言うとマーヴィさんは軽く頷き、前を見据えた。
私たちの会話はここで途切れた。
だけどこの沈黙が、不思議と心地良かった。
ゴトゴトと音を立てながら進む荷馬車の前に、巨大な城壁が現れた。
クレスセル辺境伯が住まうスティアの街だ。
確か城塞都市だと聞いている。さすが魔王領と隣接する土地だからか、帝都にひけをとらないくらい立派な壁だ。
目の前に迫ってくる城壁に目を奪われていると、マーヴィさんの神妙かつ、どこか緊張感のある声が聞こえてきた。
「……以前あんたは、貴族に対して何か無礼をすると、罰せられるから怖いと言っていたな」
「は、はあ……」
魔王討伐の褒賞として高位貴族との結婚を提案されて断った理由として、マーヴィさんに伝えた内容だったはず。
でも何故この話を今するのか理由が分からず、困惑が声色に出てしまった。
だけど、私を見つめるマーヴィさんの表情は、今まで以上に真剣だ。
「確かにそういう輩もいるが、クレスセル辺境伯はそんなことはないから安心して欲しい。領民たちはこの地を守る同志たちで、身分関係なく皆の距離は近くて――」
クレスセル領内で住まう人々や辺境伯について、普段は寡黙なマーヴィさんが、滅茶苦茶早口で説明してくる。
何か色々と言っているけれど、多分彼が本当に言いたいことはそこじゃなさそう。
「あ、あのっ! マーヴィさん、何か私に言いたいことがあるんですか?」
思いきって訊ねると、マーヴィさんはうぐっと口を閉じた。口を開こうとして、でもすぐに閉じるを二・三回繰り返したあと、荷馬車が止まると同時に口を開いた。
「あんたにずっと言えなかったんだが……俺は――」
「マーヴィ様じゃないですか! お戻りになられたのですね!」
え?
……マーヴィ【様】?
声の方を見ると、マーヴィさんの横にスティアの門番が立っていた。
彼は、皆に知らせてきます! と言うと街の中へと消えていった。
マーヴィさんが止める間もない、一瞬のことだった。
(マーヴィさんってもしかして……街の有力者なの?)
門番の彼が、マーヴィさんに【様】付けする理由なんて、それくらいしか思いつかない。
個人的にマーヴィさんに様付けしているだけという可能性もあるけれど、わらわらと門から出て来た人々が、口々にマーヴィさんを様付けするので、その可能性は捨て去った。
つまりマーヴィさんは、街の人々から様付けされるような立場の人だということになる。
説明を求めるように視線を向けると、彼は困惑した様子で頭をかいた。その時の表情が、私が貴族が怖いと話した時、妙に戸惑っていた彼の表情と被る。
マーヴィさんは観念したように大きく肩を落とすと、
「こんな形じゃなく、ちゃんと伝えようとは思ったんだが……」
と前置きをして、自身の素性を明かした。
彼の本当の名は、マーヴィ・クレスセル。
ここクレスセル辺境伯であるバックス・クレスセルの長子であることを――
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