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第9話 相談
マーヴィさんのご両親によって、屋敷の中に招き入れられた私は、リィナ様の計らいで、長旅の汚れを落とさせて頂いた。
皆さんを待たせてはいけないと、ささっと身体を洗ってお湯から出たところ、待ち構えていた侍女たちに、
「アウラ様、出るのが早すぎですっ! ささっ、お戻りください!」
と囲まれてしまい、再びお風呂に戻らなければならなくなったのは驚いたけれど。
(でもまあ久しぶりにゆっくりお湯に浸かれたし、こうやって真新しい神官衣も頂けて凄くありがたいし……)
皺一つないピシッと伸びた神官服に袖を通しながら、改めてマーヴィさんのご両親に感謝した。
やっぱり新しい服は気持ちが良くて自然と背筋が伸びる。
身支度が終わると、食堂に通された。
長いテーブルの上には、所狭しと料理が並び、上座には領主であるバックス様、斜め横にはリィナ様が座り、マーヴィさんはテーブルを挟んでリィナ様と向き合うように座っていた。
私が到着すると、会話が止まり、三人の視線がこちらに集中した。
「あ、あのっ……お待たせして申し訳ございません」
そう謝ると、リィナ様がニッコリと微笑まれた。
「いいえ。さっきあなたの頬に触れたときとても冷たかったから、私がゆっくりお湯に浸からせるように侍女に伝えたのよ。良かったわ、頬の血色がとても良くなっているもの」
「あ、ありがとうございます……」
今まで気を遣われることがなかったから、何だか心の奥がくすぐった気持ちになった。だけど、決して嫌な感じじゃない。
何故か、バックス様も大きく頷いている。
「うんうん。戦いで生き残るにはやはり、日頃の健康管理が大切だ。特に冷えはいかん。体の不調だけでなく、精神的な不調にも繋がるからな。そんな時はやはり肉だ。肉を食べるに限る。肉しか勝たん」
「脳筋の戯れ言は気にしないでね? さあ、こちらに来て一緒に食事をしましょう、アウラ。温かいミルクスープはお好きかしら?」
拳を作って、健康について熱く語るバックス様を一蹴すると、リィナ様はマーヴィさんの隣の席を勧めてくださった。
脳筋と言われたバックス様が、シュンと肩を落とされたのは、少し可哀想だと思ったけれど。
私の前に、ミルクスープが置かれた。
湯気がユラユラとたっていて、甘い香りが鼻孔をくすぐる。お礼を言ってスプーンですくうと、ペーストした野菜が混ざっているのかトロッとしていた。
ゆっくりと口に運ぶと、疲れた体に優しい素朴な味がした。
「とっても美味しいです」
「お口にあって良かったわ。お代わりもあるから、遠慮なく召し上がってね」
「急いで食べなくていいからな。あんたのペースでゆっくり食べてくれ。もう魔王討伐の旅は終わったのだから」
マーヴィさんの言葉に、休む間もなく次をスプーンですくおうとしていた私の手が止まった。
(そう言えば私、いつから急いで食べるようになったんだろ)
元々私は食べるのが遅いんだけれど、魔王討伐の旅の途中は、敵の襲撃などもあるから、急いで食べないといけなかった。
だけどどれだけ頑張っても早く食べられなくて……最終的には食事の量を減らすことで、食べる遅さをカバーしていた。
(マーヴィさんには、いつもそれで足りるのかって心配されてたっけ)
魔王討伐の旅の中でマーヴィさんが見せてくれた心遣いに、最近気付くことが多くなった気がする。
きっとダグに夢中だったから、見えていなかったのだと思うと、自分が薄情な人間に思えて苦しくなった。
苦い気持ちを押し流すように、スープを口に運んでいると、バックス様がマーヴィさんの肩をバシバシ叩きながら、尋ねてこられた。
「それでアウラ殿、うちの愚息は少しはお役に立てたでしょうか? 勇者殿がいらっしゃるパーティーの中で、盾ぐらいにはなれたのであれば上出来でしょうが」
「盾ぐらいだなんて、そ、そんなこと仰らないでください! マーヴィさんは、とても頑張ってくださってました! 盾役として敵を一人で引きつけるという最も危険な役目を引き受けてくださったお陰で、ダグ――勇者様も安全に戦うことが出来たのです!」
家族だからこその謙遜に対し、私は大きく首を横に振った。
マーヴィさんがどれだけ体を張って頑張って来てくれたのかを、この目で見ていたから。
今の言葉だけでも不十分過ぎる。
「マーヴィさんがいなければ正直……私は今ここにはいなかったでしょう。勇者様だって戦いに苦戦していたはず。マーヴィさんはたくさんの危険を、その身で引き受けてくださったのです」
「……それは、あんたが神聖魔法で俺たちを守ってくれたからだ。だから安心して前衛に出ることが出来たし、無茶だって出来た。さっきの言葉を借りるなら、あんたがいなければ俺こそ、今ここにいられなかった」
「で、でもっ、私こそ、マーヴィさんが守ってくださったから、安心して後方支援ができたわけで……」
「ふっ、ふふふっ」
軽やかなリィナ様の笑い声に、私たちは互いの口を閉じて彼女を見た。
リィナ様は口元を押さえ、私たちを見つめながら微笑まれていた。
バックス様も、私たちを優しく見つめている。そして、先ほど健康について熱く語っていた人物と同じだとは思えない穏やかさで、
「そうですか。愚息は少しはお役に立てたようですな。過ぎるお言葉、感謝いたしますぞ、アウラ殿」
と私に向かってお礼を言われ、それに続くように、リィナ様も深く頭を下げられた。
領主ご夫婦に丁寧に頭を下げられ、どう反応したらいいのか分からず、
「あ、いえ……あのっ……こ、こちらこそ、ありがとうございますっ‼ お礼が遅くなったのですが、あ、新しい神官衣まで、い、いただいてっ!」
と勢いよく頭を下げてお礼を言うことしか出来なかった。
神官衣という単語を口にした瞬間、バックス様の表情が変わった。少し前のめりになりながら、少し真剣な表情で私を見つめる。
だけどマーヴィさんは、バックス様をキッと睨みつけると、それ以上の発言を許さないと言わんばかりに口調を強めた。
「父さん。さっきも言ったが、彼女は魔王討伐の疲れを癒やすために、一時的にこの地にやって来ただけです」
「分かってる、分かってるんだが……」
マーヴィさんの言葉を聞いたバックス様が、もの凄く難しい顔をされている。息子の言葉に同意しつつも、だけど何か私に言いたいことがあるのか、発言を迷われているみたい。
私に関わることなら、もの凄く気になるわけで……
「あ、あの……私に関することであれば仰って頂けませんか?」
思い切って尋ねると、マーヴィさんとバックス様がほぼ同時にこちらを見た。
先に動いたのは、マーヴィさん。
大きな手が私の肩を掴む。
「先に言っておくが、父さんの話は聞かなくていいからな。あんたがここにやってきたのは、あくまで心身を休めるためだ」
「それもありますけど……忘れてませんか? 私、マーヴィさんの故郷の立て直しをお手伝いしたいとも言いましたよね?」
「そ、そうだが……」
バックス様の様子を伺うように、マーヴィさんは彼を一瞥した。その表情から、しまったという心の声が聞こえた気がした。
何かまずいことでも言ったのかと不安に思っていると、バックス様が口を開いた。
満面の笑みを浮かべながら――
「アウラ殿、ここで相談なのだが……この街に滞在している間だけでいい。スティアの街の臨時神官になって頂けないだろうか?」
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