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「ナツ、携帯貸して」
「え?」
いきなり携帯を出せと言われ、戸惑いながらも俺にそれを見せてくれたナツからスッと取り上げて。
「え、えええええ、ハルちゃん! ちょっと、待って待って待って――!」
ピッチャー振りかぶって投げました、いや、遠投だな、こりゃ。
ナツの携帯は俺の手を離れ大きく弧を描いて、遠くの川面にボチャンと落ちていく音がした。
「ウソでしょ? なに、してんの? 信じられない、ハルちゃんってば!」
慌てて携帯を拾いに行こうとするナツの腕を引き止めた。
「もうこれで、ケンちゃんとやらと二度と連絡取れないし、怒られることもねえべ?」
俺の言葉に口をパクパクとし、声にならない何かをつぶやいてから、プッと噴き出した。
「だね、本当だね! これならケンちゃんに怒られることもないわ」
ケラケラと笑いながら泣いているナツの姿を隠すように、温めるように抱き寄せた。
「俺の家、部屋一個余ってる。ナツ一人ぐらい、しばらく養えるし。あ、そうだ、先週ボーナス出たんだわ! 少し肉でも食わせるから、もうちょっと太って、それからゆっくりこっちで働けばいいんでね?」
「……甘やかさないでよ、本当に帰りたくなくなるじゃん。帰りたくない、帰りたくないよ、もう東京に戻りたくない!」
そう叫んだあと、ナツは大声で泣き始めた。
何人か様子を見に来たような気がしたけれど、皆俺たちに気を使ってか店に戻っていく。
加藤だけがなぜか俺のナツのバッグやコートを持ってきて。
「タクシー止めておいたから!」
とピッと親指を立てて店に戻っていく。
なんだ、あの『あとは頑張れよ』みたいな笑顔は!
ナツを連れて乗りこんだタクシーの運転手までなんだかニヤニヤしているし、ああ、もうどいつもこいつも全く。
泣き疲れたナツが俺の肩に寄りかかって寝言みたいに目をつぶったまま。
「最後に、ハルちゃんに会えたらって思ってたの」
もう、最後になんてさせねえわ。
卒業式の日、バイバイと俺に手を振ったナツは笑顔だった。
寂しくなるからね、会いたくなるからね、だからバイバイって。
「ずっと、会いたいって思ってたのは俺の方だっつうの」
俺の肩にもたれたナツの重みが増す。
その体温を守るように抱き寄せたら静かな寝息をたてる彼女の唇が笑っているようだ。
化粧はすでに涙で解けて、鼻の頭は真っ赤で、繋いだ指先もまだ冷たいままな彼女の全てを、今はただ守りたくて。
ヒマワリのような笑顔を取り戻してほしくて――。
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