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その言葉を聞いて、私はしばし固まることになったのだった。
新田櫻子。おっとりした汐里とは違い、とっても活発でかけっこが早い女の子だ。女子は男子より成長が早い。それもあって、彼女はゆり組の中でも頭一つ分くらい、他の子たちより身長が大きかった。
そしてとても正義感が強い。友達をいじめていたガキ大将をふっとばして泣かせた話、なんてのも聞いたことがある。ショートカットだし、美人だけれどちょっと男の子みたいな女の子だな、と思っていた記憶があった。
「さくらこちゃん?」
私は思わず、鸚鵡返ししてしまうことになる。彼女は確かに、汐里とは一番の親友という印象だった。けれど。
「えっと……汐里は、櫻子ちゃんが好きなの?」
「うん、大好き!だからふうふになりたい!」
「え、えっとその……どういう意味での好きなのかしら?」
「う?どういう意味?」
子供のちょっとした冗談。私にはそう、聞き流すことができなかった。だって汐里は女の子で、櫻子ちゃんも女の子なのだ。女の子同士では結婚できないと、今のうちにちゃんと教えてあげなければと思ったのである。
その背景には、私自身どうしても“恋愛は男女でしなければいけないもの”という認識があるのが大きい。町を歩いているLGBTQの人を見かけても露骨に差別したり攻撃したいとは思わないが、それでも“あまり積極的に関わり合いになりたくないな”くらいの意識はあるのだった。最近、トイレやお風呂の使用問題で騒ぎになることもあったから尚更に。
だから正直ドキっとしてしまったのである。まさか自分の娘がレズビアンだったらどうしよう、そんなことあるわけないと思いたかったがゆえに。モヤモヤを抱え続けたくなかったがゆえに。望む答えを、得たかったがゆえに。
「どういう意味って、どういう意味?よくわかんないよ、ママ」
「うーん……」
私は逆に尋ねかえされて、返答に困ってしまった。恋愛と友情の違いを、一体どうやって娘に説明すればいいのだろうか。
彼女はきっと、あくまで友人として櫻子ちゃんのことが好きであるはずだ。そうでなくては困る、と思ってしまっていた。
そう、仮に恋愛だと思い込んでいても、それは幼さゆえの誤解に違いない、と。
ただ、相手は幼稚園児の子供。彼女にわかるように解説するのは難しい。究極的に言えば“セックスをしたいかしたくないか”で区別できる気がしないでもないが、彼女にそんな生々しい話ができるはずもなく。それによく考えみれば、恋愛関係にあっても体の関係を持たない恋人や夫婦もいるかもしれないし、友達とだって平気で寝れるという人がいるのは知っている。
こうして突き詰めて考えると、その違いは非常に曖昧で、難しい。
「あのね、汐里」
卑怯だとわかっていたが、私は彼女の問いから逃げてしまった。
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