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「……ってことがあったんだけど」
結局。
娘が眠ったあとで、私は出張先の夫に電話をかけていたのだった。多分ホテルで、もうすぐ寝るところだったのだろう。疲れているだろうに、孝海は真剣に私の話を聞いてくれたのだった。
「私は、汐里に不幸になってほしくないの。今はLGBTにも理解を示そうーみたいな方針が掲げられてるけど、でもそこまで浸透してるわけでもないでしょ?トラブルも多いし。レズビアンなんてことになったら、苦労するのはあの子じゃない。……幼稚園の子のちょっとした冗談に、ムキになった私も大人げなかったとは思うけど。素直に言うことを聞いてくれたら、私だって怒らずに済んだのに」
疲れている彼に愚痴るべき内容でないとはわかっていたが、言わずにはいられなかった。明日から、娘とどう顔を合わせればいいかもわからなかったがゆえに。
『……君の話はよくわかったよ』
やがて。孝海は静かな声で告げたのだった。
『多分だけどね。汐里が納得できなかったのは、君が汐里の質問に全部答えられなかったのが大きいんだと思うよ。どうして男と女ではないと結婚できないのか?普通ではないのか?子供が作れないから駄目だというのならどうして男女の夫婦なら子供がいなくても許されるのか?どうして女同士で好き合っていたら変な目で見られるのか?そして恋愛感情と友情の違いはどこにあるのか?……まあそのへんだね』
「そんなの、答えられるわけないじゃない。私にもうまく説明できないんだから」
『だろう?“何でそうなのか”が君にもわかっていない。それなのに何故か“恋愛は男女でするのが当たり前で、夫婦には男女でなければなれなくて、異性の間でなければすべての好意は勘違いのはずで、恋愛と友情には明確な違いがある”と信じてる。それは、どうしてかわかる?』
「常識だから、じゃなくて?」
『じゃあそれは、どうして常識なんだろうね?』
なんだろう。また質問攻めにあってる気がする。私はまた少しだけ胸がむかむかしてしまった。
愚痴を話す時は、ただ相手に話を聞いて欲しいだけの時と、アドバイスが欲しい時がある。今回は後者のパターンだった。ただ、心のどこかで“己が正しいはずなんだから、孝海にも肯定してほしいし、娘を叱ってほしい”という気持ちがあったのは否めない。
わかっている。己が正しいと信じたいから、それを肯定してもらうために夫を使っていて――それがきっと彼には見抜かれているのだろうということくらいは。
『僕が思うにその答えは』
夫の声はあくまで穏やかで、優しい。
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