しおりちゃんには、大好きな人がいる。

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『可哀想なのは同性愛者であることじゃない。それを理解しないで石を投げる人が周りにいることだ。君は、そこを間違えてはいけない。何より……仮に本当にそうであった場合、人に言われたからって心は変えられないんだよ。そうしろと言われたところで、女の子が好きな気持ちを忘れたり、なくすことはできない。ただ抑圧されて、もっともっと苦しむだけ。……それを見て、周りは“自分の説得は正しかった”と安心して、悦に浸るかもしれないけどね』 「そ、それは……」 『言っておくけど、僕だって汐里が同性愛者と確定したわけではないとは思ってるよ?まだ幼稚園児だし、友情と恋愛の境目が分かっていないのも事実だろうし。でも、それを今否定して、無理やり“こっちが正しいから”って大人が決めつける必要ないとは思うね。彼女が少しずつ成長して、ゆっくりと自分にとって一番大事なことがなんなのか考えていけばいいだけのことだ。そもそも……無理に友情と恋愛の区別をつける必要があるのか?についても疑問があるしね。友達同士で結婚する夫婦だって世の中にはいるんだし』  なんで、そんな割り切れるのだろう、この人は。私はじわり、と滲んできた涙を強引に袖で拭っていた。  わかっている。孝海が言うことは多分、きっと正しい。  私は結局娘の為と言いながら、己の心の安定を優先して、押し付けようとしただけということくらいは。 「……私、どうすればいいの」  ぽつり、と呟くと。電話の向こうで、わかってるだろう?と声がした。 『母親や大人だって、間違えることはある。まずはきちんと、汐里に謝っておいで。それから……どうして自分が困ったのか、怒ったのか、汐里にちゃんと説明しておいで。どうせわからないだろう、と思っていても、子供は存外察するものだよ。一生懸命言を尽くせば、その真剣さは彼女にも伝わるはずさ』 「……うん」  私は目を閉じて、絞り出すように言ったのだった。 「ありがとう、孝海さん」  通話終了のボタンを押す。正直、まだ胸の内はぐるぐるしている。納得できないことや、わからないことはたくさんある、でも。  本当は。一番最初にするべきことは――娘の気持ちを大事にすることだったのではなかっただろうかと、今はそう思うのだ。  汐里には、大好きな人がいる。それがどれほど幸福なことか。ああ、なんでそんな当たり前のことも認めてやれなかったのだろう。 ――恋でも、友情でも。……その気持ちは関係なく、貴いものなんだわ。  明日は土曜日。  少し時間をかけて二人で話して、それから仲直りをしよう。
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