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買ってしまった。
「スズキホナミ様でよろしかったでしょうか、こちら荷物お届けにまいりました」
「はーい、あ、そこに置いてもらって、はい、ありがとうございましたー。よいしょっ……まあ車買うより安いか」
特殊素材の箱に入っていたのは一般向けアンドロイド成人男性タイプ「カケル君II型」。
ホナミが軽自動車より安いが、高級ペットを買うのと同じくらい高いとされるアンドロイドを買うはめになったのはやむ負えない事情がある。
「ホナミが中学だった時の同級生、覚えとる?
ミナガワさんとこのカナちゃん。結婚したんだって」
「へえ」
「そっちにいい人いないの?同僚の人とか。都会では合コンちゅうのをするんでしょう?」
「あ──……うん」
「お母さんもお父さんもあんたのことが心配で心配で」
心配なのは子供ではなく自分の老後だろう、という言葉をホナミは飲みこんだ。
最寄駅まで車で一時間かかる田舎に住んでいる両親は子供が結婚してUターン、自分達の面倒を見てくれると信じきっている。無視するのは気が咎めた。これも田舎の常で噂の回りは異常に早い。
「誰々さんの息子が無職」や「誰々さんの奥さんが死んだ」なんていうマイナスな情報ほど早く知れ渡る。もし親を無視したら「あそこの娘は結婚もしない親不孝」だの根も葉もない噂をたてられてしまうだろう。想像するだけで嫌だった。偽の恋人としてアンドロイドを紹介して両親には納得してもらうしかない。
「カケル君、こっそり付き合っていたカノジョの実家へ交際の報告にきたカレシの演技できる?」
「はい、可能です」
「あ、付き合ってるカノジョな私への口調はため口で。両親には敬語」
「分かった。名前で呼んでいいのか?」
「いいよ、私も名前呼び捨てでいいかな、んんっ、カ、カケル」
「ホナミ」
夜中床に座ったイケメンと膝をつき合わせて打ち合わせするのはさぞかしおかしな光景だろう。
ホナミは気分を切り替えた。プライベートと思うからいけない、仕事、仕事だ。
「まさかお前がこんないい男を捕まえるとはなあ!」
「お父さん」
「感心したんだろうが。ホナミが遠くに行ってしまった時はどうなるかと思ったが」
挨拶当日、最寄駅まで自動運転車で迎えにきた父親は上機嫌だった。
それもそのはずカケルは父親の趣味である釣りに詳しかったためすぐに打ち解けられたのだ。
「スラッとして上品な外見をしとるもんで釣りには興味ないかと思ったが、詳しくて驚いたな。カケル君は酒もイケる口かい」
「僕の知識なんてスズキ様にはおよびません、酒は日本酒の鬼霞が好きです」
「おっ、酒の趣味まで同じかあ。水くさい呼び方はよせ、ヒデキでいい」
「若々しいとはいえホナミの親御さんですからね、ではヒデキさんで」
「はっはっはっ!これでも健康には気をつけてるんだよ」
ぎりぎりまで情報を入力したかいがあったというものである。ホナミは助手席で安堵した。家に到着して母親と会ったカケルは歓待を受ける。
「まあ、色男ねえ」
「僕は普通ですよ、それよりホナミの美人さはお母様に似たんですね、ヒデキさんとよくお似合いです。カノジョと知り合って一年経っていませんので僕のほうがためらってしまっていて、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「そんなことないわよ、さあ食べて」
「いただきます」
母はアンドロイド特有の美貌と清潔感ある服装、大企業に勤めているという設定をすっかり気に入ったようだった。両親が旧型テレビしか見ない機械音痴でよかったとつくづく思う。
「──して夫婦になるのよね?」
「えっ?」
急に水をむけられたホナミは我に返った。
母が聞きたいのは結婚して夫婦になるかどうかということらしい。アンドロイドと夫婦に?
ばかばかしい。ホナミは内心否定したが両親はカケルが本当の恋人であると信じきっているのだ、否定するわけにもいかず頷いておく。
「たぶんね」
挨拶は無事に済んで自宅に帰ってきたホナミはひと息ついた。とうぶんは気楽な独身を謳歌できるだろう。
「カケル、ごくろうさま。もうオフにしていい?」
あとはアンドロイドの電源を切ってオールクリアにしてしまえばいい。カケルのことを聞かれたら別れたとかなんとか言っておけばいいのだ。
しかしカケルは首を傾げた。
「夫婦になるのにオフにする必要なんてないだろう」
「だからそれは演技で」
「そうか。設定は完璧なんだな、オーダーメイド型アンドロイド、個体識別名ホナミ」
白く細い指で指されたのはホナミの胸元にあるバーコード。
「あ……」
思い出した、いや、再生された。
オリジナルのホナミは母親と電話した後事故で生命活動を停止したのだ。
今のホナミは両親が「娘は都会で元気に暮らしている」という願いのために製造されたアンドロイド。
「パートナー登録して夫婦になるのよね?」
うれしそうな母はきっとそう言っていたのだと理解したホナミの目から涙は流れなかった。
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