エンペラー

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エンペラー

今日も僕は、食品工場で元気に働いて居ます。 現在はおにぎり部門の一人です。 工場の休憩所は、食堂と、テーブル席がポンポンおかれて、色んな自動販売機に囲まれている部屋がある。 広い休憩所の端っこで水筒に入れてきたお茶を、ちびちび飲んでいる時だった。 「石川君。もしかしてお金持ちのオジさんの愛人でも始めたの?」 となりのテーブルに座っている、人生経験豊かなおねぇさま達が話しかけてきた。 この2人はお喋りが大好きで、面倒見がよく、おにぎり部門の中心メンバーだ。 「えっ、ど…どうしてですか!?」 危ないお茶をこぼすところだった。 「だって、そのオメガの首輪、結構高いものよ。その時計もカジュアルだけど、フランスの高級メーカーよ。」 ふっくらとした富山さんが指摘する。 首輪は自分で買った4000円のものだけど、時計は佐藤が貰ったというものを譲ってくれたものだから、きっとブランドの偽物だろう。残念、富山さん。 「何より、帰りにたまに眺めている首から下げた指輪。とんでもなく高いでしょ!仕事中にロッカーにおいておくのは危険よ!」 細くて背の高い細川さんが僕のみぞおちあたりを指差す。 「いえ、あの……あれは、婚約者に貰ったもので……」 「婚約者!?きゃー!何それ!!気になる!聞きたいわぁ!」 富山さんが叫ぶ。 2人が椅子を移動させて僕を囲む。 しまった…なんだか…逃げられない。 「えっと……」 「やっぱりαなの!?どんな人!おばさん達、有名α男子のファンやってるのよぉ!!」 えっ…なにそのジャンル。 そのジャンルはわかんないけど、アイドル好きな僕には、その気持ちは分かる。 「ガテン系のおっさんαです。多分お二人が想像するようなタイプじゃないです…指輪もそんなに凄いものでは無いと思います…」 僕が、若干椅子を後ろに引きながら言う。 いつでも逃げられるように水筒の蓋を閉める。 「まぁ!ガテン系!?鋼の肉体ね!それは良いわ!」 富山さんが手を胸の前でクロスして目を閉じて想像する。 「それに、男は40超えてから味わいと色気が溢れるのよ!!」 細川さんがトートバッグをごそごそと漁る。 なにやら本が出てきた。 【厳選α男子写真集;お前、今日からヒートなんだって】 な…なんて破壊力の本だ。 こんなの出版していいの!? 「私のおすすめは、この日本の宝、ミュージカル俳優αの藍川正志32歳よ!甘いマスクと体に響いてくる声!!もーー更年期障害がヒートするわ!!抱いて!」 見たことある俳優さんのページを開いてくれた。藍川さんが歌っている写真が載っている。 細川さん……ちょっと気持ちわかります! 僕の思春期を共にしたミリリン!彼女が居なければ、高校時代は語れない。 結婚しても応援は続けたい。 「私は何と言っても佐藤建設の社長!エンペラー佐藤よ!」 富山さんが写真集のページを変えた。 「エンペラー佐藤…」 「そうなの!え?石川くん知らないの??今はあまりメディアにでて来ないけど、数年前は経済紙も、テレビも凄かったし、記者クラブの会見とか見なかった?海外でも凄く活躍して、まさに日本経済界の皇帝よ!」 開かれたページには、少し崩したスーツ姿で王様の様にソファに座る佐藤がいる。 少し若いその姿は、今よりももっと鋭い目線で、カメラを睨んでいる。 これは…皇帝だ…。 平伏したくなるカッコ良さ…。 普段の佐藤のもっさり加減とは別人だ。普段は完全にオーラが消えている。 「…」 でも、どうゆうこと!? 佐藤はしょっちゅう社長ごっこしているの? 「富山さん、他にも画像ありますか??」 「まぁ♡興味ある!?写真あるわよー、これが経済雑誌のエンペラーよ!」 富山さんが見せてくれたスクラップブックに写っているのは、何か真剣な表情で早瀬さんと書類片手に写っている佐藤だ。 めちゃくちゃカッコいい! 仕事中の感じが良い! これって、もう推しにするしかなくない!? 「……」 「もう堪らないわよね!この雄としての完成度!顔も体も能力も最高値!αの中のα!!」 そう…それは… 「「まさにエンペラー佐藤」」 僕と富山さんの声がかぶった。 見つめ合う2人。 通じ合う心。 「私達、長い付き合いになりそうね」 富山さんが僕の手を握る。 「富山さん、僕、エンペラー佐藤と婚約しました」 「ええ、私はエンペラーと10年前に結婚してるわ」 「いいわねぇ、近場の同志、羨ましいわぁ」 細川さんが頬に手を当てて僕らを見ている。 確かめなければ……。 佐藤の正体を! いくらなんでも、本人じゃ無いのに記者会見とかしないよね。 社長ごっこ?? まさか双子?? 佐藤は、エンペラーなの!? 佐藤建設の社長なの!? そこらへんをハッキリさせてファン活動を開始しないと! おりしも今日は佐藤とデートの約束がある。 検証してみよう。 佐藤がエンペラー佐藤、本人なのか… 僕は、仕事を終えて佐藤との待ち合わせ場所に急いだ。 都内の某高級住宅街に居る。 高級住宅街の割には賑やかなタイプの場所らしいのだが、やはり僕の住む東京の上の端っことは空気が違う。 道行く人の服装や持ち物が、やたら高く上品に見えるのは気のせいだろうか? 落ち着かない。 早く来ないかな、佐藤。 ちなみに待ち合わせ場所は佐藤の指定で交番の前だ。 わかりやすくて有り難い。 今日は、佐藤の仕事で建てる家の土地を選ぶ付き合いであり、社会科見学とデートを兼ねている。 ホントはつなぎで来たかったけど、仕事帰りのため普通のパーカとパンツスタイルだ。 僕は、ここに来るにあたり、夕食を食べる場所をリサーチしてきた。 お手頃価格な場所を! うっかり高級店に入ったらおしまいだ。 何ならファミレスはないものかと探したが、大分歩くことになるので断念した。 そして、今日のミッションは、佐藤の正体を見極める事だ! うっかりで、早とちりな僕は、昔から突っ走った後で「今さら、それ聞く?」みたいな事を聞いてしまい、場が凍りつく事があった。 それは避けたい。 自分の目でしかと確かめるのだ! ん??なんだか周囲の人がざわざわしている。 「よう、待たせたか、千歳」 聞き慣れた佐藤の声がして、そちらを見ると、佐藤が歩いてきた。 エンペラーじゃん!? まるで皇帝の歩みのごとく、周囲の人々が道をあける。 人より頭2つ分は大きい上背と、鍛え上げられた肉体、長い足の一歩が風をきって進む。 なんで今日は作業着じゃないの?? なんなの、なんでワイシャツ着てるの? その第三ボタンまで開いてるのって胸板厚すぎるせいなの!?ジャケットはどこ!? センタープレス入ってるスラックスとか履くと足の長さがえげつない!! ボサボサの髪整ってる!! けしからん!! 魅力的すぎる! 「…どうした?おい、千歳?スーツ萌えしたか?」 「悪霊退散!!」 佐藤が僕に魅了の笑顔を向けてきたので、いつもの腹パンチを入れてみた。 「なんだよおい……せっかく喜ぶと思ってスーツ着てきたのによぉ」 酷い。 もう駄目だ。 動悸が止まらない! 今日の夕食は養命酒だよ。 まともに佐藤の顔が見れない。 「だって…カッコ良過ぎて……一緒にいられないもん…」 反則だよ。 周りの人が凄い佐藤を見てる。 それが誇らしいような、嫌なような。 「みんな見てる……僕の佐藤なのに…」 これでは、検証どころではない。 「がああ!お前は本当にもう!!」 佐藤が僕の肩を掴んで引き寄せた。 ギューッっと抱きしめられる。 周りのざわめきと、佐藤の鼓動が聞こえる。 「お前の気を引きたくて、せっかくオシャレしてきたんだぜ。デート、付き合ってくれよ」 「……うん」
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