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工場の昼休み
彼は
彼女の手作り愛妻弁当を食べ
残り時間をたいてい
バイクの手入れに費やした
同僚たちはそれぞれ
小規模ながら専用の運動場で
草野球やサッカーをしたり
休憩室や屋外で
日向ぼっこをしたり
酒・車・女・スポーツ・賭け事
会社のネタで雑談に興じている
彼が
バイクの手入れをしている近く
同僚が
コンクリート塀を相手にひとり
キャッチボールをしていた
そこに
ポニーテールの髪の先輩が
通りかかった
先輩は
ちょうど塀から跳ね返った
ボールを横から掠め
手のひらの上で弾ませた
同僚が
作業帽を脱いで丁寧に
頭を下げたにも拘わらず
先輩は
シカトしたあげく
ボールを塀の外へと放り投げた
同僚は
ボールの行方を追い
あわてて裏門へと走って行った
彼は
一部始終を見ていた
先輩が矛先を転じ
にやにやしながら近づき
彼に悪態をついた
「きさま やっちまって
できちゃった婚したんだろ」
彼は好きに言わせておいた
先輩が
機械油の染み込んだ手を
バイクミラーに吊るされた
仔猫のアクセサリーに
伸ばしてきた
彼はきっぱり拒絶した
「汚い手で触るんじゃねえ」
先輩はせせら笑い
アクセサリーの紐を
引きちぎった
彼は瞬間キレた
早かった
鳩尾に食い込む拳
地面をのたうち回る呻き声
ずるずる引き摺られる髪の束
作業場を動く天井クレーンの
鈍色のフック
太い鉤先に引っ掛けられた
作業着の襟
防火用バケツに揺蕩う澱む水
トーチに灯された火
苦痛と恐怖で歪む顔
「いいか
二度と嫌がらせをするな」
「いいか
二度と彼女の悪口を言うな」
彼は
アクセサリーを拾い
水道水できれいに洗い
切れた紐をミラーに結び直した
先輩は
昼の休憩が終わり
同僚たちに発見されるまで
宙吊りになっていた
ポニーテールは
バッサリと焼き切られ
全身水浸しだった
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