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夏
よく晴れた日の海岸
彼女は
砂浜を散歩していて
いきなり唇にキスされた
初だったので
驚きと恥ずかしさに困惑し
照れくささを隠すため
怒って砂を掴んで投げつけた
「やーい」
囃し立てられ
ますます膨れムキになる
「からかうのが楽しいの?
あったまに来たぁ」
彼女は
標的を捕まえようと走るが
蹴り足が砂にもぐり込み
うまく進めない
靴を脱ぎ捨て 裸足になって
片方の靴を投げた
獲物にさっと身をかわされ
網は低い放物線とともに
宙に舞い波打ち際へ消えた
波が大きく被さった
「ちょっと やだ」
残ったほうの靴を砂浜に放り
ためらいもなくバシャバシャ
海をかき分けていった
「おい 服が濡れちまう」
「だって靴がぁ」
「バカ 溺れるぞ」
「平気 中学時代水泳部よ」
「あのな そういう
ことでなくってさ」
彼女はひるまず前進した
下半身が
海水にどっぷり浸かる
寸前救い出せたが
履けた代物ではなくなっていた
「ひっどーい…あなたのせい
どうしてくれるの?」
声が震え涙ぐんだ
「わかった わかった
新しいの買ってやるって
それより足が砂だらけだ」
彼女は不貞腐れながら
さっさと休憩所へ向かった
しなやかな脚が
ふたつの弧を描くたび
足裏から砂が
パラパラと落ちるたび
脚の付け根の膨らみが震え
かかった波飛沫が
脚で揺れるたび
太陽の光を
きらきらと反射させた
突然 立ち止まった
プルタブを踏んでいた
「ああ ついてない…」
彼女は嘆きつぶやいた
「ゴミはきちんと始末し
自然を大切にしましょう」
休憩所の水道栓をひねり
膝を洗った
膝上部分は
くり返し手のひらで水を
掬わねばならず
噴水型の栓を全開にすると
天高く水柱が舞い上がった
大胆にもスカートを捲り
水中に素足を晒した
水飛沫が四方八方に散った
全身が
迸る飛沫のベールに包まれた
水滴は太ももを伝い
脹ら脛や おしりの曲線に
縋りつくが堪えきれず
次々と離れていった
彼女は視線を感じた
「エッチ」
彼女は
彼のメットを頭に
すっぽり被せられた
濡れた脚を大きく開き
後部座席を跨いだ
両腕を相手の胴に回し
しがみついた
爆音を聞き涼風を受け
広い海を見渡した
濡れた脚は
すぐに乾いていった
彼女は
ディスカウントの靴屋の
鏡に写る姿に愕然とした
髪の毛先はバサバサ
服はしわくちゃでゴワゴワ
おまけに裸足
「ひでえ格好!」
「何よ あなたのせいよ」
「でも シンデレラ
みたいに見えるぜ」
「それ 誉めてるつもり?」
彼女は
不機嫌なまま新品の靴を履き
商店街の通りを
ひとり仏頂面で闊歩していった
ときどき馴染まない靴に
足の位置を調節する以外
決して立ち止まろうとせず
お供は
バイクを押し
後を付いて行くしかなかった
「せっかくの素敵な足が
靴擦れで泣いてるよ
ほら踵が──喫茶店で
ひと休みしよう」
彼女は
ようやく尖った口を緩ませた
白い歯がこぼれた
彼女は
フルーツパーラーでパフェを
口いっぱいに頬ばった
食べ終わり
靴を脱いで椅子の上で
体育座りでリラックスした
背もたれに体をあずけて
ぼんやりと店の内を見回し
誰に語りかけるともなく
独りつぶやいた
「わたしさぁ…将来
こんなお店をやってみたい」
料理はもちろんのこと
小物類や植木鉢に至るまで
細部にこだわったインテリア
お洒落で可愛い小さなお店
──癒やし系の──
彼女は
夢に届けと手を差し伸ばした
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