10人が本棚に入れています
本棚に追加
居酒屋のカウンターに向かい
彼女は
焼酎の瓶を高く掲げ仁王立ち
「はい ボトルの残り」
彼が
レジで会計を済ませている間
彼女は
若い男子従業員を相手に
捲し立てていた
──こいつ
こんなに酒癖悪かったっけ?
「来年から消費税5%よ
焼酎の酒税も上がるし
ああ 細やかな一般庶民の
楽しみ奪わないで欲しいわ
来年と言えばわたしたち
成人式よ──あ サインね」
借りた白マジックをよく振り
黒い瓶の全面に
矢で射貫かれたハートマーク
の絵を描いた
彼女の冗舌は続いた
「そうか
もっと働けってことね
いいわ 昼も夜も休まず
稼ぎ捲ろうじゃない
でもそうしたら
いつ飲みに来るわけ?」
とけらけら笑った
彼女は
酔って愚痴をこぼすタイプ
ではなく日々の生活
すること自体を謳歌していた
仕事や雑事
果ては苦しみや悲しみも
楽しめる
──マゾか?──
ことを幸せに感じていた
「じゃ ボトル
ちゃんと保管しといてね
流したら承知しないわよ
バアイ」
ふたりは退店した
「ずいぶん親しいんだな」
「え? あの従業員のこと?」
彼女は
さっと彼の腕に絡みついて
意地悪く問い質した
「ふーん 妬いてるんだ」
「そんなんじゃねえ」
焦って否定した
「やけに馴れ馴れしいからさ」
「期待に背いて
申し訳ありません」
彼女は深々と頭を下げた
「あの子は先月まで
うちの店で働いてたの
つきあっているカノジョも
いま~す 以上報告終わりっ」
彼女は
駐車場の中央で直立不動で敬礼
「そっ…か」
最初のコメントを投稿しよう!