こだわり

8/30
前へ
/30ページ
次へ
居酒屋のカウンターに向かい 彼女は 焼酎の瓶を高く掲げ仁王立ち 「はい ボトルの残り」 彼が レジで会計を済ませている間 彼女は 若い男子従業員を相手に 捲し立てていた ──こいつ こんなに酒癖悪かったっけ? 「来年から消費税5%よ 焼酎の酒税も上がるし ああ (ささ)やかな一般庶民の 楽しみ奪わないで欲しいわ 来年と言えばわたしたち 成人式よ──あ サインね」 借りた白マジックをよく振り 黒い瓶の全面に 矢で射貫(いぬ)かれたハートマーク の絵を描いた 彼女の冗舌は続いた 「そうか もっと働けってことね いいわ 昼も夜も休まず 稼ぎ捲ろうじゃない でもそうしたら いつ飲みに来るわけ?」 とけらけら笑った 彼女は 酔って愚痴をこぼすタイプ ではなく日々の生活 すること自体を謳歌していた 仕事や雑事 果ては苦しみや悲しみも 楽しめる(・・・・) ──マゾか?── ことを幸せに感じていた 「じゃ ボトル ちゃんと保管しといてね 流したら承知しないわよ バアイ」 ふたりは退店した 「ずいぶん親しいんだな」 「え? あの従業員(ひと)のこと?」 彼女は さっと彼の腕に(から)みついて 意地悪く問い(ただ)した 「ふーん ()いてるんだ」 「そんなんじゃねえ」 焦って否定した   「やけに馴れ馴れしいからさ」 「期待に(そむ)いて 申し訳ありません」 彼女は深々と頭を下げた 「あの子は先月まで うちの店で働いてたの つきあっているカノジョも いま~す 以上報告終わりっ」 彼女は 駐車場の中央で直立不動で敬礼 「そっ…か」
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加